隔てる壁2 ユリウス視点
カレンから友人たちの紹介を受け、ユリウスもまたカレンに紹介された。
リーヌスの実家は農家で、フィーネは王都に店を構えるパン屋なのだそうだ。
リーヌスが小麦を卸しているうちに、仲が深まっていったという。
結婚に至った一番大きなきっかけはダンジョンの異変だったそうだ。
今後何が起きても一緒にいられるようにと婚姻を結んだと言う。
王都のダンジョンに異変が起きて影響圏が狭まるなどして、リーヌスの村に魔物が発生するようになろうとも、妻が王都の人間なら、家族とともに逃げ込むこともできるだろう。
――ユリウスの脳裏にチラついた、そのような打算的な考え方によるものではなく、彼らは愛情によって結びついたようだった。
そして、あらゆる利害の他の愛によって結ばれたカレンの友人たちは、ユリウスと恋人だと主張するカレンを寿ぎながらも心配そうに見つめていて、ユリウスとカレンがまともな関係だとは思っていないように見えた。
これでカレンの相手がアヒムのような同じ平民の、しかも同じ錬金術師であったなら、彼らはライオスを忘れ前に踏み出したカレンを手放しで寿いでいただろうに。
――馬車でカレンを錬金工房に送る道中、カレンはずっと何かを考え、物思いに耽っているようだった。
窓の外を眺めるカレンの横顔をユリウスは見つめた。
平民のドレスは薄い布の質感が涼しげだった。背中を露出するデザインは貴族ではあまり見ないもので、ユリウスの目には心許なく見えて仕方ない。
ユリウスだけが美しいと感じるのであればよかったのに、他の者たちの目にも美しく見えているらしい。
結婚したカレンの友人は、リーヌスとフィーネだけではなかった。
カレンには大勢の友人がいて、ダンジョンの騒動をきっかけに他にも結婚した者たちがいた。
カレンは彼らを憧れをこめて見つめていた。
きっとそれはカレンが幼い頃から憧れてきた光景であり、その輪に加わる自分を幾度となく想像したこともあるだろう。
憧れに惹かれてカレンがどこかに行ってしまわないよう、ユリウスはカレンの手を取った。
するとカレンの空色の眼差しがユリウスを見つめる。
「どうしたんですか? ユリウス様」
カレンが微笑みを浮かべてユリウスに問う。
視線が絡み合うと、ユリウスはもう口を噤んでいることができなくなり、カレンの手を口許に引き寄せて口づけた。
「カレン、結婚しよう」
ユリウスの唐突な求婚に、カレンが目をまん丸に見開いた。
「ええっ!? ちょっと、待ってください。いきなりすぎません!?」
衝動的な求婚だった。段取りもなく、何の準備もしてない。
己の用意の悪さに内心腹を立てつつ、ユリウスはただカレンの手を額に押し当てて懇願した。
「私と結婚してくれ、カレン。私はこれからも君と共にありたいのだ」
「……ありがとうございます。ユリウス様のお言葉、とても嬉しいです」
続く言葉を聞く前からユリウスはすでに落胆していた。
カレンが結婚を受け入れる心持ちであるならば、これほど冷静であるはずがない。
もっと浮かれて騒いでくれるだろう。その楽しげな姿でユリウスを安堵させてくれるはずだった。
だが、カレンはユリウスの本気の求婚を前にしても、とても冷静な声色で言った。
「でも――」
「カレン、どうして最近脳が溶けると言わなくなった?」
「脳……えっ? 何です?」
ユリウスはカレンの言葉を遮って、顔を上げてカレンを見つめた。
至近距離で見つめるも、カレンの顔は赤らんではいるが、それだけだった。ユリウスに見つめられるだけで硬直してしまったかつてとは変わってしまった。
「私が顔を近づけても、君はもう私に夢中にはならないのだね。魔力の空白地帯で君を乱暴に扱ったために愛想が尽きたかい? それとも、そもそも私に飽きてしまったのか?」
「飽きてません! それに空白地帯のあれくらいのやつなら大歓迎です! 次なる魔力酔いを心から待ち望んでいます!!」
「待たなくていい。だが、それならば、何故?」
「それは、その……えっとぉ」
恥じらい、じわじわと顔を赤くしていくカレンの様子にユリウスが不安を慰めようとした矢先だった。
そんなユリウスを見つけたカレンが目を瞠る。
そして、瞳に宿っていた熱狂的な光が落ち着いていく――ユリウスはカレンの変化を狂おしい思いで見下ろした。
「何故だ……!」
「これまでは、わたしだけがユリウス様のことを好きだと思っていたから、嬉しいと思うことすら恥ずかしくて、いたたまれなくて、いつも溶けてしまいそうでした」
いつからか、カレンは口づけをしても顔を真っ赤に染めて動揺することがなくなった。
そんなカレンはもどかしいほどの冷静さで説明をする。
これまでならもっと取り乱してくれただろうに。
ひと目でユリウスに想いを抱いているとわかるそぶりを見せてくれたのに――それなのに、何故変わってしまったのか。
理由によっては冷静ではいられないかもしれない。
その時にカレンを傷つけることがないように、ユリウスは腹に力をこめた。
「けど、ユリウス様も実はわたしのことが好き、だったりするじゃないですか?」
カレンが照れくさそうに頬を染めて口ごもり、モゴモゴと言う。
幸先は悪くなさそうで、ユリウスは力強くうなずいた。