同窓会4
「すみません、ユリウス様。失礼な同級生で。あれでBランクなので勘弁してやってください」
ユリウスがアヒムの去った方角をじっと見つめているので、カレンは苦笑しつつフォローした。
アヒムはいつもあんな感じだ。絡んできて、カレンに突っかかってはいつも怒っている。
カレンにとってはいつものことだが、ユリウスからしてみれば不快だったろう。
だがBランクまで到達すれば、冒険者も錬金術師も一目置かれる存在だ。
貴族に多少の無礼を働いたところで多めに見てもらえる。トールも同様の立場である。
きっとユリウスも多めに見てくれるはずである。
「ところで、ユリウス様はどうしてわたしが同窓会に来ることを知っていたんですか? 特に話してないのに」
「サラに聞いたよ。サラは君の予定をすべて把握しているからね」
ユリウスは未だにカレンの腹に回したままの手に力を込めた。
「これからは、パートナーの同伴を必要とする場に行く予定については君の口から聞きたいのだが、叶うだろうか?」
「わかりました。相談しますね。でも別に、平民はそういうとこゆるいので、一人でも全然大丈夫なんですけどね」
むしろ、問題はユリウスの方の貴族の社交界だろう。
だが、カレンはそれについては口を噤んだ。
平民の社交の場でいい意味ではあるものの、見るからに浮いていたユリウスを思い出せば、貴族の社交の場に出た自分がどういう目で見られるか想像がつく。
カレンが平民の目から見れば以前よりは見違えていたとしても、貴族から見れば付け焼き刃の礼儀作法だろう。
そんな自分が貴族のパーティーに現れた時、どれほど滑稽な存在に見えるかを、ユリウスを見て目の当たりにさせられた気分だった。
「カレン」
名前を呼ばれカレンが顔を上げると、気づくとカレンから離れていたユリウスが目の前にいて、カレンに手を差し出していた。
「私に君と踊る栄誉を与えてくれないかい? 私の女神よ」
「……喜んで」
ユリウスに手を取られ、カレンたちがホールに進み出ると何故か他の人たちはホールから出ていってしまった。
完全に見に回る同窓生たちの注目を浴びつつも、ジークと踊った時よりは緊張はなかった。
ここはカレンにとってのホームで、踊る相手はユリウスだ。
そして注目の矛先はユリウスであり、ユリウスはこれだけ注目を浴びているにもかかわらず何も気にしていない様子でカレンだけを見つめている。
やがて曲調の切り替わりに合わせてユリウスはカレンをリードしはじめた。
カレンが少しぐらい足をもつれさせてもユリウスがどうにかしてくれるだろうという安心感で、ただただ楽しい。
踊り慣れているのか、ユリウスが器用なだけなのか。
カレンは不思議と、ユリウスが様々な女性たちとダンスの経験を重ねてきたからだとは思わなかった。
まるで自分のダンスが上手くなったかのように錯覚するほど楽しいだけの時間だった。
一瞬、この時間がずっと続けばいいのにと思うほど――だが、やがて音楽は止んだ。
「カレン、久しぶり!」
「あーっ! ホントに久しぶり! え? 去年もその前も同窓会に来てなかったよね?」
「おれの実家、王都から遠いからなー」
暑がるカレンにユリウスが何か持ってきてくれるというので、一人で壁際に立っていると、また別の同級生が話しかけてきた。
彼の名前はリーヌス。同級生だが三つ年上の青年で、王都ダンジョンの影響圏内にある村からやってきて、平民学校の寄宿生をやっていた。
家業の農家の役立つ能力を身につけようと金を貯めて学校に通い、卒業すると実家のある村に帰っていったので、卒業後はほとんど会うことはなかった。
でも、在学中は仲がよかった人のうちの一人である。
王都暮らしであることにプライドを持っているような人たちは農村からやってきたリーヌスみたいな人とは口も利かないし、カレンもマリアンが含まれるそのあたりの界隈と折り合いが悪かったので、自然と集まっていたのだ。
「カレン、見違えたなあ」
「ふふん。よく言われる」
「一瞬カレンかどうかわかんなかったけど、カレンなんだよなあ。すごいなあ、女の人は。……さっき一緒に踊ってた貴族の影響?」
「そうと言えないこともないね」
カレンが変わったのはエーレルトと関わるようになってからだ。
そこにユリウスという存在がいなくとも、カレンはエーレルトの人々のために変化しただろう。
でも、一番大きな変化の原因はユリウスに違いない。
「もう、住む世界が違っちゃったかな……」
「ええっ、そんなこと言わないでよ。わたしは――」
困ったように笑うリーヌスにカレンが食ってかかろうとするのを、戻ってきたユリウスが体で遮った。
リーヌスが完全に見えなくなった状態で、ユリウスが笑顔でカレンに手に持っていた皿を渡した。
「カレン、レモンのシャーベットだよ」
「ありがとうございます」
ユリウスはにっこりと笑うと、くるりとリーヌスに向き直る。
カレンからはユリウスの背中しか見えない。
「それで、君はどなたかな?」
「ひえっ、えっとぉ……! カレンに用がありまして……!」
リーヌスがしどろもどろになる気配がして、カレンはシャーベットをもぐりとしながら視界を遮るユリウスの背中から顔を出した。
「わたしに用?」
「う、うん。あっちにフィーネがいるんだけど、ちょっと具合が悪くてさ。カレンに来てもらえたらなって思ったんだけど、Cランクの錬金術師なんだろ? 昔ならともかく今はもう、わざわざ足を運ばせるの、よくないかなと思ってさ……」
「具合が悪いの!? すぐ言ってよ!」
フィーネもまた友人の一人だ。平民学校には更に上を目指してギラついている人も多いが、親から受け継ぐ家業のためになる何らかの技能が身につけばいいな、という程度の意気込みのほのぼのした人たちがいて、フィーネも後者だ。
カレンはまだ半分も食べていないシャーベットの皿をユリウスに押しつけて猛然とリーヌスが指差した方へ向かった。
リーヌスが慌てた様子で追ってくる。
「いやそんな、急ぐような体調でもないからさ」
何を呑気なことを言っているのかとカレンがじろりと睨むと、リーヌスはへらへらと笑っている。
昔からのんびりした男で、年上らしい頼もしさとは無縁だが、穏やかで優しい人柄だったはずである。
なのに友人の具合が悪い時に何を笑っているのかと怪訝に思いつつ、カレンは壁際の長椅子に腰かけている友人のもとに向かった。
「フィーネ! 大丈夫!?」
「カレン、久しぶりだねぇ。わざわざ来てもらっちゃってごめんねぇ」
丸い頬を赤く染めたフィーネが、カレンを見つけると手を振ってくる。
長椅子に体重を預けてはいるものの笑顔はあって、カレンは少しほっとした。
「ううん。いいんだよ。具合が悪いんでしょう? 一応、万が一の時のために中回復ポーションならドレスの中に隠し持ってるんだけど、中回復ポーションで直りそうかな?」
フィーネはきょとんとするとリーヌスを見上げた。
「一体カレンになんて言ったの?」
「えっと、フィーネの具合が悪いから、カレンに来てもらえないかなって」
「そんな言い方したら、ポーションが欲しくてカレンを呼んだみたいに聞こえるじゃない。ばかっ」
「いてっ!」
いつもはおっとりしているフィーネが、精一杯の怒り顔でリーヌスをバシッと叩いた。
在学中には見た覚えのない距離感のやりとりに、カレンはきょとんと目を丸くした。
カレンの反応にフィーネははにかむように微笑んだ。
「これはつわりだから、回復ポーションじゃ治らないんだよぉ」
「つわりってことは……おめでた!?」
「そう。わたしねぇ、リーヌスと結婚したんだぁ」
フィーネの言葉に、リーヌスはますますヘラヘラと笑み崩れた。
カレンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
そういえば、カレンは今年十九歳。来年の頭には二十歳になる。
カレンたちの年代はまさに、結婚適齢期なのである。