同窓会3
「ええっ!? ユリウス様!?」
「カレン、君のパートナーとして来たのだが、迷惑だったろうか?」
後ろから抱きしめてくるユリウスは、恐ろしくきらきらしい笑みを浮かべていた。
しかもこの暑い中、気合いの入った騎士服姿だ。
平民の中にもお金持ちはいるし、特に平民学校出身者には成功者も多い。
だから貴族と見まがう身なりの人もいるのだが、髪もセットされたユリウスの姿はまばゆいばかりで、立ち居振る舞いからは貴人のオーラがあふれんばかりに流れ出している。
平民学校の同窓会の場において、ユリウスは完全に浮いていた。
カレンとアヒムとの会話を面白くなさそうに見ていた女性たちも、ユリウスを目の当たりにして魂を抜かれたように茫然としている。
その気持ち、よくわかるよ……とカレンは心の中で同意した。
平民にとってユリウスはあまりにも輝かしくて、キャアキャア騒ぐような感じではないのだ。
誰もがユリウスに見とれている中、見上げたカレンはうっと息を詰めた。
美しい笑みを浮かべてはいるユリウスだったが、金の目が笑っていない。
感情の高ぶりで魔力が暴れているようで、目がギラギラと輝いている。
魔力を抑え込むためか、サシェを五個くらい持っていそうな強い香りが漂っている。
ユリウスから漂う怒りの波動にカレンは汗をかいた。
「もしかして、お誘いした方がよかったですか……? ですがその、平民学校の同窓会というのはわたしにとって、いわば営業の場でして、仕事の場にユリウス様をお誘いするの、どうかなーって。平民ばっかりいる場所ですし、確かにパートナーを連れてきてもいい場ではありますけれど、連れて来なければならないわけでもないですし、一人で参加する人もいっぱいいますし」
ユリウスが笑顔のまま目を細めた。
「ああ、わかるとも。私にとっても社交とは仕事の一つだ。これまで幾度となく義務として参加してきたもので、君と交際を始めたあとも私は一人でエーレルトのための社交に参加してきた。君をわざわざ付き合わせるような場ではないと考えていた。だが、それが君にこのような思いをさせる行いだとは気づいていなかったよ、カレン」
「いえ、ユリウス様がお一人で社交に参加されてもわたしは全然気にしていませんけど――」
ユリウスの笑顔が深まっていくのを見て、カレンは最後まで言い切らずに口を噤んだ。
貴族にとって、社交界への参加はまさに業務の一環である。
そこでのダンスは単なる挨拶で、人間関係を構築するために行われるものだ。既婚者でもダンスをする。
無論、結婚相手探しという側面もある。
だが、カレンはユリウスに誰ともダンスをしないでくれと思わないでもないものの口にしたことはなかったし、自分をパートナーとして連れていってほしいだなんて思ったこともない。
カレンとは別の世界の話だと思っていたからだ。
なので今、ユリウスがどんな思いをしているのかがカレンにはわからない。
考えているうちに、カレンがアヒムの手を取ろうと伸ばしていた手がユリウスの指に絡めとられた。
ユリウスはアヒムを見やった。
「君、悪いがカレンには私というパートナーがいる。カレンとダンスをするのは諦めてほしい」
「――おいカレン、そいつ、貴族だよな? おまえもう貴族に囲われてんのかよ!」
アヒムはユリウスを無視してカレンに叫んだ。
「目を覚ませ、カレン! おまえがどんな甘言で誑かされてんのか知らねえけどな、利用されてるだけだぞ、おまえ!」
「そんなことないよ、アヒム」
「そんなことあるんだよ! 貴族ってのはなぁ、どんなに親切ヅラをしていても、オレたち平民を同じ人間とは思っちゃいないんだよ! コイツら貴族がオレたちにいい顔をしてみせるのは、オレたちの力を自分たちのもんにしたいからだ。利用したいだけなんだぞ!」
「まあ、利用したいのはあるだろうね」
エーレルト伯爵家の人々はカレンに対してとても親切だし、恩を感じてくれてもいる。
けれどやはり、カレンを取り込もうとする意図が垣間見える。
貴族にとっては婚姻も政治だ。
欲しいものを持っている家があれば、その家との婚姻も視野に入れる。
カレンがエーレルトの依頼を受ける前に、ユリウスが王女と結婚さえすればレジェンド級の魔封じの魔道具を手に入れられるとでもなれば、ユリウスは結婚していただろう。
カレンは前世の知識で貴族を解釈しているので理解はある方だろう。
生粋の平民育ちだと相容れない価値観である。
「その男がおまえを好きそうなそぶりを見せていても、本当におまえを好きなわけじゃないんだぞ」
「それはないかな」
少し前のカレンだったらアヒムの言を真に受けて落ち込んでいただろうが、今のカレンはきっぱりと言った。
「この人はわたしのこと、本気で好きでいてくれているよ」
「そんなわけねぇだろうが! 寝ぼけたこと言ってんじゃねえ! また錬金術を投げ捨てて、男に尽くして時間を浪費するつもりかよ!?」
カレンとユリウスの関係を知った人は誰もが最初はそう言うのである。
みんなカレンを心配してくれているのだ。
傍目から見た時にあまりにもカレンがユリウスとは釣り合わないから――苦笑を浮かべるとカレンは言った。
「わたしも最初はユリウス様がいたら気が散って、錬金術に集中できなくなるかもって思ってた。でもね、アヒム――」
「言うな、聞きたくもねえよ」
アヒムはイライラとカレンの言葉を遮った。
「おまえがやっと錬金術の道に戻ってきたって思ったオレがバカだったぜ。いや、おまえの才能をオレが見くびってたのか。そんなもんすぐに嗅覚の鋭い貴族に見抜かれて、生粋の恋愛脳のおまえなんか、貴族の顔のいい男にかかれば赤子の手をひねるくらいチョロいってわかっていたはずなのにな――間に合わなかったオレが悪い」
「間に合う?」
首を傾げるカレンを、アヒムは睨んだ。
「オレは賢者の石を作るぜ、カレン。錬金術に専念すればおまえも作れただろう賢者の石をオレが先に作って、おまえの目を覚まさせてやる」
アヒムは吐き捨てるように言うと、カレンたちに背を向けた。
引き留めようとする人々を無視して、アヒムはホールから出ていった。