同窓会2
「アヒムくん、Bランクなの!?」
「すごいな、君。まだ若いのにBランクとは大変なことだぞ」
アヒムは堂々たる態度で公言したので、あっという間に人が集まってきた。
同級生や先輩後輩だけでなく、年嵩の大先輩たちもだ。
カレンはそろりとその環の中から抜け出そうとしたものの、アヒムが指を差して引き留めた。
「コイツだって十九歳の若さでCランクの錬金術師だぞ」
「えっ!? カレンが?」
カレンのことを知っている人はびっくり顔で、カレンのことを特に知らない年代の離れた人たちは素直に尊敬の眼差しを送ってくる。
カレンがCランクの錬金術師だとわかったぐらいで、カレンを遠巻きにしていた人たちの空気は軟化してしまった。
もちろん、そうではない人もいるけれど、明らかに少数派だった。
カレンはその状況に安堵するより先に、拍子抜けしてしまった。
グーベルト商会とのもめ事が長引いていれば、もっとカレンの悪名が広まっていて、わだかまりも深かっただろう。
あるいは錬金術ギルドの抗議が通れば、グーベルト商会の悪名と共に、カレンとは相反する彼らの主義主張が広まって、商売で打撃を受けてカレンを恨む人が出たかもしれない。
対立するカレンとグーベルト商会をきっと民衆は面白がって、大いに話題にしてもらえるはずだった。
けれど、カレンの思い描いていた対立は発生しなかった。
彼らとの争いは思わぬ形で終結してしまったからだ。
アウェイでないのはいいことだけれど、とカレンは上手くいかない現実に溜息を吐きつつアヒムを見やった。
結局アヒムも、カレンがCランクの錬金術師だと思って話かけてきたらしい。実際にはBランクだけれど、どちらにしろ低ランクのままでは見向きもされていなかったという意味では同じである。
そういう状況を変えたいのにだ。
「気安く名前を呼ぶなとか言うから、てっきりわたしのことをFランクだと思ってるのにライバル扱いしてくれてるんだと思っちゃった。残念」
「おまえのことをFランクだと思ってんのにBランクのブローチを見せつけるとかやってたら、それは好敵手扱いとかじゃなく、単にめちゃくちゃ性格悪いだろうがよ」
「……それは確かに」
格下をいたぶる小粒な悪役そのものである。
「カレン、場所を移動しようぜ。騒がしくなってきやがった」
アヒムがBランクの錬金術師だと聞きつけて、同窓会の無礼講にかこつけてお近づきになろうと目を光らせる人々の視線がカレンに突き刺さる。
特に、結婚適齢期の女性たちからの視線が痛い。
アヒムは確かカレンと同い年。十九歳のBランクの錬金術師だ。
多くの女性たちにとっては垂涎の結婚相手だろう。
「カレン、行ってらっしゃい。同年代で同程度の実力の錬金術師の存在は貴重よ」
ナタリアの言葉にピクリと眉をひそめるアヒム。
カレンはうなずいた。まさに、これこそが同窓会で求めていたコネクションのひとつだ。
いつもは旧友と会って飲んで食べて帰るだけの集まりだけれども、カレンもついに平民の社交に参加できるようになったのだ。
ナタリアはいつもの通り、他業界のギルド員たちの輪に加わりにいっていた。
それを見送り、カレンもアヒムと共に壁際に移動した。
「誰が誰と同程度の実力だって? たった一つのランク違いとはいえ、Bランクからは別世界だぜ? Cランクとは住む世界が違うんだよ」
Cランクからは上級。Bランクからは別世界。Aランクからは女神の階梯だ。
ナタリアの言葉に納得いっていない様子のアヒムだったが、カレンが何かを弁解するよりも先に「だが」と続けた。
「オレはいつか、おまえが必ずオレに追いついてくると思ってるぜ、カレン」
「どうしてそんなふうに思ってくれるの?」
事実として、カレンはすでにBランクの錬金術師だ。
それを知らないはずなのに、どうしてそこまで言ってくれるのか。
「おまえはオレに勝ったからだ。――あの日、おまえはオレの世界をぶっ壊した」
平民学校での錬金術の授業。
アヒムはクラスで唯一の錬金術師の家の子で、先生はアヒムを前に呼び、お手本の小回復ポーションを作らせた。
呼ばれたアヒムも鼻高々で、自信満々に小回復ポーションを作ってみせた。
カレンはそれを見て、一瞬にして小回復ポーションを再現してしまった。
その後、先生を含めみんなに褒めそやされていたのでカレンはうっすらとしか覚えていないものの、アヒムが固まっていたのを見た覚えはある。
あの時、カレンに世界を壊されて茫然としていたらしい。
「なんか、ごめんね?」
「謝るんじゃねえよ! おまえは実力を示した。で、オレは負けた! ――だがそれ以来、オレは決して油断しなかったぜ。全力で走り続けてここまできた。それなのに、おまえはどうだ? せっかくこれからって時に、化粧品なんてチャラチャラしたもんを作ってるそうじゃねーか」
最近、と言われてカレンは首を傾げたが、考えてみれば化粧品を売り始めて、イザークに言いがかりをつけられて商売を潰された一連の流れは今年に入ってからの出来事だった。
ダンジョンでの出来事が濃すぎて、まったく最近という気がしないだけである。
「護国の役にも立たねえクソポーションでCランクに昇級できたとして、嬉しいのか? 錬金術ギルドが認めても、オレは認めねぇ。錬金術師ならまともなポーションを作れよ。かつて一度とはいえオレに勝ったことがあるおまえが、金稼ぎの錬金術師になんぞになるんじゃねえ! 錬金術師なら、賢者の石の作成を目指せよ!!」
「おー」
「他人事みてぇに拍手してるんじゃねえよ……!」
アヒムの演説に感じ入ったカレンが拍手をするとキレてくる。
カレンがBランクの錬金術師になったことは本当に知らないらしい。
Bランク以上の情報は基本的には本人が望む事柄以外は秘匿される。
アヒムの担当ギルド員はカレンのBランク昇級を知っているだろうけれど、カレンの情報はきちんと守られているようである。
凄んでくるアヒムに、カレンはにやりと笑った。
「もちろん、わたしも賢者の石の作成を目指すよ」
「言ったな? 吐いた唾は飲めねぇからな?」
カレンから言質を引き出して、アヒムは満足げに笑った。
どうやら、煽ってきたのはそれが目的だったらしい。
かつて自分に勝利したことのあるカレンに、更なる高みを目指させるために発破をかけること。
「どっちが先に賢者の石にたどり着けるか競争しようぜ、カレン」
賢者の石はこのファンタジーな世界ですら幻のアイテムだ。
それを、アヒムは大真面目に作る前提でカレンに勝負を挑んできた。
面白くてワクワクして、カレンは目を輝かせた。
「いいよ。競争しよう。わたし、絶対負けないよ!」
「どの口が絶対とか言ってんだ? 今んとこ、負けてんのはおまえの方だぜ」
「それはどうかな? ただ情報が表に出てきてないだけだったりして」
カレンが声をひそめて言うと、アヒムは目を大きくまん丸に見開いた。
Bランク以上の情報は秘匿される。本人が公開を望む情報以外、誰も触れられないという事実を、Bランクのアヒムならよく知っているだろう。
「――おいおい、マジかよ!」
「内緒ね、内緒! 冒険者あがりのサポーターさんを雇ってから、アレコレする予定だから!」
「面白くなってきた……! やっぱ、だよな! おまえはここまで上がってくるよなっ!! さっすがオレを負かした女!! そうでなくっちゃいけねぇよ!!」
カレンがBランクだと察すると、アヒムは途端に笑顔になった。
「だけど、オレは更に高みへ行くぜ? 二十歳になる前にBランク錬金術師になれたなら、最高峰の錬金術師の弟子にしてもらえる約束になってんだ!」
最高峰の錬金術師、と聞いてカレンは自宅の錬金工房の二階に住み着いているエルフの姿が思い浮かんだが、あのエルフはカレン以外の弟子を取る気がまったくないので、きっと人違いだろう。
「いやー、今日は良い日だぜ」
アヒムはウェイターからワインを受け取りカレンにも渡した。
「錬金術の未来に」
「やがてわたしたちが作る賢者の石に」
カレンたちは、乾杯した。
アヒムはワインをグビッと飲み干すと笑顔で言った。
「おまえがライオスに振られてよかったよ。それで時間ができて昇級できたんだろ?」
無神経な物言いだがアヒムが本当に嬉しそうに言うので、失礼だとは感じなかった。それに、まごうことなき事実でもある。
アヒムはワインのグラスを置くと、カレンに手を差し出した。
「カレン、オレたちで踊らないか?」
「え?」
「どうせ、お互いパートナーもいないだろ?」
カレンはきょとんと目を丸くした。
平民学校の同窓会は社交の場で、だけど去年までのカレンはFランクの錬金術師でしかなかった。
コネクションを得ようとしてもカレンの相手をしてくれる人はおらず、旧友たちと旧交を温め合って、たまに小回復ポーション作成の仕事を依頼してもらったりして、食べて飲んで帰るだけだった。
ダンスに誘われることがあるだなんて、考えもしていなかった。
「えっと――」
「高みを目指せば貴族とも関わることになる。ダンスぐらいできておいた方がいいぜ? あいつら貴族にとっては挨拶みたいなもんらしいからな。練習だ、練習」
それもそうか、とカレンがアヒムの手を取ろうとした瞬間、カレンは背後から羽交い締めにされた。
カレンが自分で作った覚えのあるサシェの香りが鼻先をくすぐった。