不純な友だち
「で、ユリウス様がいなくなってからもう四日経っている、と」
カレンは舌打ちを何とかこらえた。ヴァルトリーデがすぐそばにいるので。
目が覚めた時には魔物を呼び寄せた元凶らしきイザークは死んでいた。
イザークが魔物を呼び寄せるために使ったと思われる黒い石は忽然と消えて、ユリウスは行方不明になっていた。
ヴァルトリーデの新しい天幕の、明らかにヴァルトリーデのベッドだろう寝台に寝かされていたカレンは、体を起こして呻いた。
急に起き上がったせいか頭痛がした。
ヴァルトリーデはカレンが体を起こすのを手伝うと、カレンの口に水差しを突っ込んだ。
不慣れな介助によって溺れそうになりつつも、喉がカラカラだったのでカレンはありがたく水を飲んだ。
「私たちにはすぐに戻ってくると言っていたのだがな……カレン、私に怒っているか?」
「ヴァルトリーデ様には怒ってませんよ」
「そうか? ユリウスを一人で行かせたのにか?」
「私が怒っているのは一人で行ったユリウス様ですよ。高ランクの冒険者でさえ消えてるってのに、一体どこに何をしに行ったんですかねえ、あの人は!」
カレンはイライラしながら耳朶に触れた。
冷たいままの金色の石のピアスに触れると、不安がこみ上げてくる。
もしもカレンが眠っている間にこのピアスが熱を持っていたとしたらどうしよう。
だがそれ以上にもどかしいのは、何が起きていたとしても、ユリウスがカレンに助けを呼ぶことはないかもしれないということ。
不安と腹立ちがない交ぜになって、頭をかきむしりたい気分だった。
「まあともかく、何か口にしてはどうだ? 腹が減っているだろう」
ヴァルトリーデはそう言うと机の上に置いてあった盆を持ってカレンのベッドサイドに置いた。麦粥らしい。
器とスプーンを手に取ったかと思うと、麦粥をカレンの口許に運んだ。
「ほら、食べて元気を出しておくれ」
「待ってください。さっきから疑問だったんですけど、どうしてヴァルトリーデ様がわたしの世話をしてくださるんですか? なんでこんなところに寝かされてるんです? わたし、これまではあっちの長椅子で寝てましたよね?」
「友を長椅子などでは寝かせられぬよ」
「へ!?」
きらきらしい笑みを浮かべて言うヴァルトリーデにカレンは顔を赤らめた。
「さあ友よ。私が手ずから粥を食わせてやろう。あーんしておくれ」
「えっ? 待ってください。その、友というのは?」
「私のことを友だと思ってくれていると冒険者から聞いているぞ」
「セプルおじさんッッッ!!」
カレンはベッドに拳を叩きつけた。
平民のカレンが勝手に王女様を友人のように思っているだけである。
そのことを、何も本人に言わなくてもいいだろうに。
「さあお食べ、我が友カレンよ」
カレンの予想とは違い、ヴァルトリーデは零れんばかりの笑顔を浮かべていた。
羞恥心のあまりシーツにくるまっていたカレンは、シーツから顔を出して言った。
「……嬉しそうですね。わたしみたいな平民に、勝手に友だち呼ばわりされていたのに」
「嬉しいとも! 人生はじめての友だぞ!?」
「イルムリンデ様やドロテア様だっているでしょうに」
「あの者たちも確かに私の友人ではある。もっとも親しい友人になるようにと、家の意向で送り込まれた者たちだな。万が一にも私が復権した時のための保険となることを期待されていよう」
イルムリンデとドロテアに対して何とも辛辣な認識だった。
だが、家の意向で生きる貴族としては切り離せない事実でもあるのだろう。
「そんなこと言っちゃっていいんですか? お二人とも、気絶したヴァルトリーデ様を気絶したままの状態でお守りすべく、頑張っていたのになぁ」
「む!? わざと気絶させておいた、ということか? それ自体はありがたいが……カレンが何か二人に言ってそうするように仕向けた、のか?」
「わたしが何を言うまでもなく、ヴァルトリーデ様は気絶させておく方がいい、ということで満場一致しました。もうバレてますよ、色々と」
「いやしかし、私の諸々が露見していたら失望されているはずでは? こうもよく接してはもらえないのではないか?」
「もうわたしにはバレてますけど、友だちだって勝手に思っています、よ」
カレンが真っ赤になって言うと、ヴァルトリーデは一瞬ぽかんとしたあと破顔した。
「確かに、そうだな」
「それはそうと、自分で食べるのでお粥のお皿とスプーンをください」
「いや、私が食べさせてやろう」
「王女様が平民に食べさせるなんておかしいですから!」
「友人なのでおかしくないっ!!」
ヴァルトリーデはカレンに食べさせたくて仕方ないらしい。
駄々のコネ方が幼児である。
カレンが諦めてヴァルトリーデの給餌を受けていると、「冒険者様がいらっしゃいました」とドロテアが先触れをした。
「ねーちゃん……起きたって聞いてきたんだけど、今いい?」
姉の部屋に入ってくるテンションで王女の天幕に入って来たトールに、カレンはベッドの上でこけた。
「トール、ここ王女様の天幕だよ!?」
「え? あー、お邪魔しまっす!」
「うむ。よくぞ来たな」
ヴァルトリーデは寛大にうなずくが、勝手に友人だと思っていたヴァルトリーデも、カレンを友人だと思ってくれているらしいことがわかった今である。
王女の友人だからと、弟に好き勝手させるヤツと思われたくない。
カレンは背筋を伸ばすと、ビシッと言った。
「トール、ヴァルトリーデ様はお優しい方で、わたしにもすっごくよくしてくれるけど、だからって失礼なことはしちゃだめだからね。礼儀正しくしてね」
「ねーちゃんがそー言うなら、わかった!」
「いやいや、そのように気にせずともよいのだぞ!?」
花丸満点の返事をするトールと何故か止めに入るヴァルトリーデ。
ヴァルトリーデはカレンに近づくとコソッと言った。
「どうも、そなたのBランク冒険者の弟は私とそなたを友人関係にある、と思っているらしくてな。とてもよくしてくれるのだ。それが周りの者にも伝わって、とても気分がよくてだな。気兼ねなく私の友人の弟として振る舞ってもらいたいのだ」
「欲得尽くじゃないですか……道理であっさりわたしの友だちになってくれたわけですよ」
「ああっ、頬をぐにぐにされるっ。はじめての感覚! これが友であるということか……!?」
カレンの方はヴァルトリーデの友としての立場を利用しないようにと気をつけているのに、ヴァルトリーデの方は利用する気満々だった。
それにしても、カレンがヴァルトリーデを友人だと思っているという情報の出所はトールであったらしい。トールはセプルから聞いたのだろう。
トールはカレンがヴァルトリーデの頬を気が済むまでもみくちゃにするのを見届けると、カレンに近づいた。
「ねーちゃん、ユリウスのことなんだけど」
カレンはベッドの上で前のめりになってトールの服を掴んだ。
「何か知ってるの!?」
「うん。二人きりで話せる?」
「私は席を外そう」
ヴァルトリーデの天幕なのにヴァルトリーデが気を使って天幕を出た。
トールは単刀直入に結論から言った。
「ホルスト・ブラーム。コイツがイザークに魔物を呼び寄せる石を与えたとはとても思えねーんだけど、少なくとも、ユリウスが最後に会いに行ったヤツじゃねーかなって思ってる」
カレンは心のどこかで予想ができていたらしい。
意外さをまったく感じない自分に、カレンは頭を抱えて深い溜め息を吐いた。