空白地帯へ2 イザーク視点
「どうしてこんなことになったんだ……!?」
イザークは荷馬車の窓を閉め切り、頭を抱えてガタガタ震えていた。
狭い岩場の合間に駐留することとなったせいで、すべての者の距離が近い。
目視できる範囲にカレンの姿を見かけ、イザークはとっさに荷馬車の中に引きこもっていた。
「Cランクの錬金術師って、何だよ……万能薬って何なんだよ!?」
ほんの少し前まで、カレンという錬金術師はEランクだったはずなのだ。
七年かけてFランクからやっとEランクにあがった錬金術師。
一度はハメられかけたが、父オイゲンの采配により、イザークはダンジョン調査隊への貢献と引き換えに罪を許され、調査が終わる頃には禊ぎを終えて商会の仕事に復帰できる手はずだった。
グーベルト商会はダンジョン調査隊への貢献を理由に商業ギルドのAランクに上がることが内定していて、イザーク商会も共に引き上げられるはずだった。
もしカレンが家に火を付けた犯人としてイザークを疑っていようと、Eランクの錬金術師ごときにはどうすることもできない。
イザークは権力を手に入れ、秘密裏にカレンを叩き潰すつもりだった。
家の炎上で怖じ気づき、身の程を弁えるようになるのなら、命ばかりは見逃してやろう――それぐらいに思っていた女が、気づけばCランクの錬金術師として同じダンジョン調査隊の一員になっていて、冒険者を懐柔するために万能薬を作って与えただなんて噂が流れてきた。
最初に聞いた時には冗談だろうと笑い飛ばした。
だが、時が進むにつれてそれが事実だということが明らかになっていった。
しかも、調べても情報が出てこなかった弟が、Bランク冒険者の『鮮血の雷』のリーダーだという情報まで出てきた。
嘘だと思いたかったが、これもまたカレンがBランク冒険者を連れ歩き、顎で使っている姿が度々目撃され、真実だと認めざるを得なくなった。
イザークが燃やしたのは、Eランクの錬金術師の家じゃない。
Bランクの冒険者の家だ。
Cランクの錬金術師の家にもなり、間もなくBランクの錬金術師の家になってもおかしくない。
「このままじゃ、殺される……!」
「お困りのようだねえ」
「誰だ!?」
気づくと目の前に小男がいた。
荷馬車の荷物の上に勝手に腰かけ、足を伸ばし、膝をさすっている。
いつの間に小男が荷馬車に乗り込んできたのか、目の前に座ったのかもわからない。
イザークは驚愕し、すぐには言葉も出てこなかった。
「見張りは何を――!?」
「始末したい人間がいるのではないかな? 私なら、力を貸すことができるんだがねえ」
イザークはピタリと動きを止め、錆び付いたブリキの人形のような動きで小男を見下ろした。
身なりは貴族のもの。
手にした杖には宝石――いや、薄暗くてよく見えないが、魔石が装飾的に施されている。
見栄えを重視した作りだが、何らかの魔道具であろうと嗜好品に目が肥えたイザークは予想を付けた。
あれが攻撃の魔道具なら、騒げば自身の身が脅かされる可能性もある。
その可能性に気づいたイザークは逆に冷静になり、ごくりと唾を飲みこむとゆっくりと浮かせかけた腰を樽の上に下ろした。
イザークが落ち着いたのを見計らったかのように、小男は再び口を開いた。
「錬金術師と、冒険者。ダンジョンから彼らを生きて帰すとなると、君は困った事態に陥るのではないかな?」
「……錬金術師の方はともかく、Bランクの冒険者をどうこうできるはずがないだろ」
「最近、上級冒険者の失踪が頻発していることは君も知っているだろう?」
イザークはひくりと喉を引き攣らせた。
高ランクの冒険者までもが失踪しているからこそ、国が動いてダンジョン調査隊が発足した。
自分勝手極まりない上級冒険者たちまでもがこの調査隊に参加し、協力姿勢を見せているのも、それほどの異常事態だからこそだ。
この小男の言い草は、あたかも上級冒険者すら右往左往させるこの異常事態を引き起こした側であるかのようだった。
今まさに目の前にこのダンジョン調査隊が血眼で探している犯人がいるのかもしれない。
その事実に、イザークは恐怖するより前に期待を覚えた。
「いなくなった冒険者には、むしろBランクや、Aランクまでいるよな……本当にどうにかできるのか?」
「君がそれを望むのなら」
イザークは緊張感のあまり痙攣しはじめた右目の目元を引っ掻いた。
目の前にいる存在が現在ダンジョンに発生している問題の犯人であるのならば、だ。
イザークは頭の中でめまぐるしく計算した。
たとえばこの小男を捕まえて、ボロミアスに引き渡す。
そうすれば、イザークは評価され、これまでに起こした問題も帳消しされるだろうか?
計算結果は、否だ。
冒険者は政治にこだわらない。気に入らなければ殺すだろう。
特に、グーベルト商会でさえ情報が手に入らないような冒険者は冒険者ギルド内においても特別な待遇の存在だ。つまり、カレンの弟は成りかけの可能性が高い。
あらゆる意味で太刀打ちのしようがない。
彼らを完全に排除しなければ、イザークはここで終わりだった。
イザークは小男を見やった。
「何が望みだ?」
「破壊と、混乱。君と同じだ」
小男が薄暗い荷馬車の中で薄ら笑いを浮かべた。
何かを破壊して、混乱を起こす。そのどさくさに紛れて、イザークはカレンとその弟を始末する。
小男たちも、その混乱に乗じて何かをする。だが、それが何かなどイザークの知ったことではなかった。
カレンたち姉弟の始末さえ叶えば、イザークは大手を振って王都に、家に帰れる。
「オレは何をすればいい?」
「そうこなくては」
小男は不吉な笑みを浮かべると、イザークにすべてを終わらせるための手段を授けた。