後始末
縄でぐるぐる巻きにされたまま、蓑虫たちはユリウスの手によってトリスタンに引き渡された。
体の傷はトールの反対にあいつつもカレンがポーションを使って治したので、ボロボロであることを差し引けば無傷での帰還である。
ポーションを振りかけられた気絶していた蓑虫たちは目を覚まし、トリスタンたちに引き渡され命が助かったと悟るとトールたちに向かって喚いた。
「鮮血の雷、覚えておけよ! ダンジョンから帰還した暁には草の根分けてでもおまえの親兄弟を見つけ出し! 男は八つ裂きにして! 女は陵辱の限りを尽くしてやる!!」
「わたしじゃんかよ」
「ぐえっ」
ついカレンが蹴りを入れるも、トリスタンは明後日の方角に顔を向けて見て見ぬふりをしてくれた。
「コイツら、こーいうこと言うんだよ。生かしておけねーって思うのは当然だろ?」
「やっぱりダンジョンから出さない方がよくねえか、トール?」
「オレもそう思う」
カレンの背後でセプルとトールが蓑虫もとい近衛騎士たちの完全抹殺を目論んでいる。
カレンとしても、考えざるを得なくなる。
このまま解放して自分が狙われるだけならともかく、自分の周囲の人間までも狙われる可能性を考えるとなると、対処しないわけにはいかない。
すでに、無関係のカレンを巻き込むと宣言している男たちだ。
「ダンジョン調査を終えましたら、この者たちを罪に問い、正当な罰を受けさせると約束いたします。皆様の手で処分をなされば遺恨が残ることとなり、その分ご迷惑をおかけすることになるかと存じますので、どうかこの者たちの処分を私にお任せ願えないでしょうか?」
トリスタンがうやうやしく言うのを、トールは白けた目で見て言った。
「おまえの言葉を信じてさぁ、それでもなあなあでコイツらが解き放たれて、ねーちゃんに手出しされたら、おまえの一族郎党皆殺しにしていーか?」
「そ、それは……!」
「そこで即答できねーくせに適当なコト言ってんじゃねーよ、お気楽貴族様がよ」
たとえ話だと理解しつつも、トールの酷薄な薄ら笑いを横から見ていたカレンは弟の過激な発言にぎょっとした。
くるっとカレンの方に向き直った時には、眉尻を下げたいつものトールだった。
「ねーちゃん。恐い思いさせてごめんな? こんな風に巻き込みたくなかったんだけどさ」
「ううん、大丈夫だよ。わたしもわたしで、トールを巻き込むことになるかもだから」
「ねーちゃんは最強の錬金術師になる女だもんなっ! オレのことはドンッと巻き込んでくれて構わないぜ!」
「あはは……」
弟に心配をかけないため、昔から常日頃カレンがしていた与太話である。
トールはカレンの『わたしはいずれ最強の錬金術師になる女だから、何も心配しないで好きなことをしていいんだよ』という言葉を心から信じ真に受けてくれた可愛い弟である。
はじめて口にした時には、それは弟を心配させないための口から出任せだった。
だけど今では、本当に手を伸ばし、実際に手が届きかけている。
「じゃ、やっぱ殺すか」
トールはコロッと再び笑顔を取り落とし、戦鎚を引き寄せた。
その手に吸いつく戦鎚を見てトリスタンは引き攣った顔をして慌てて止めに入った。
「お、お待ちください!」
「どうしてそこまで庇うんだかねえ。もしかして家族か何かか?」
セプルが呆れたように言うと、トリスタンはぐっと言葉を詰まらせた。
「親戚ではありますが、それが理由で庇っているわけではございません。むしろ、このような愚か者たちとわずかでも血が繋がっていることを恥と思っております」
「おいっ、なんだと!?」
「黙っていろ! 今すぐ死にたいのか!?」
トリスタンに睨まれて、近衛騎士たちはむすっとしながらも口を噤んだ。
自分の命がかかっていることぐらいはわかっているらしい。
トリスタンは苦々しい顔をして彼らから視線を逸らすと言った。
「親戚だからこそ、ここで彼らを私刑に処した場合に、血筋の者たちがどのようにして皆様にご迷惑をおかけすることになるのか予想が付くのです」
「全員返り討ちにするから別にいーよ」
「――そうですね。Bランクの冒険者である皆様方と当家が敵対することとなった時に、困るのは私たちであり、皆様ではありません」
「なら、仕方ないってわかってくれるだろ?」
トールが戦鎚を振り上げる。カレンも、彼らを生かしたあとに起きるだろう出来事を防ぐ方法がわからず、弟を止められなかった。
だけど、できるのなら弟が今やろうとしていることを止めたい。このままでは、傍若無人な冒険者として扱われることになるだろう。強者だから仕方がないと、人に恨まれ憎まれるような――固唾を呑むカレンの視線の先で、ユリウスがトールの戦鎚を掴んで止めた。
トールはぎょろりと視線をユリウスに向けた。
「コイツらがねーちゃんに何をしようとしたかわかってて止めてんだよな? ユリウス」
「わかっているとも。この者たちは貴族の野営地に連行する。その場で私がこの者たちに決闘を申し込む。君が手を下すより、この方が良いだろう」
「そうすることになんか意味があんのか?」
「決闘で命を失うことは致し方ないことだ。そうだろう? トリスタン」
「そうですね……貴族が己の名誉を守るための決闘によって死ぬことは、ダンジョンの外にいる者たちにも、当然のことだと理解されますでしょう」
「ふうん?」
トールが戦鎚を引っこめるのを見て、転がる近衛騎士たちは明らかにホッとした顔をする。
命が助かったという顔で、この後で決闘によって命を失うことになるとは夢にも思っていない様子だった。
ユリウスが決闘を申し込むと言った言葉を、この場をしのぐための方便だと考えているようにしか見えない。
「ユリウス様、この人たち――」
「カレン、君はここでトールくんとの再会を楽しんでいてほしい」
一体どうするつもりなのか、と問おうとしたカレンの言葉を遮って、ユリウスがにっこりと笑う。
甘い笑みで何かを押し切ろうとしていた。
最近、ユリウスのそんな微笑みに反発心を抱くことの多かったカレンだったが、今は言葉を飲みこんだ方がいい気がして、うなずいた。
「わかりました」
「私が戻るまでここにいてくれ、カレン。だが私を恐ろしく思うようなら他の者を迎えに寄越そう」
「ユリウス様を恐ろしく思う理由がないですけど?」
「……これから私が何をするのか察しがつかずとも、先程の私の戦い方を見ていたはずだが、恐ろしくはなかったのかい?」
「戦い方? トールに負けるくらい油断してたことですか?」
「油断とかじゃなくてオレが強かったんだよっ、ねーちゃん!」
トールに抗議されながらカレンが首を傾げるのを見下ろし、ユリウスは苦笑した。
「そうだね。負けた姿しか見せていないのに、恐ろしく思う理由もないか。――では、もし戻ってきた私が恐ろしければそう言ってほしい」
「ユリウス様が何をして戻ってくるにしても、恐いとかそういう気持ちにはならないと思います」
薄々、これから何が起きるのか、すでに想像はついているけれども――カレンはユリウスを恐ろしく思うことはないだろう。
「それはまだ君が私を理解していないからだよ、カレン」
ユリウスはカレンにささやくと、近衛騎士たちを連れてトリスタンと共に冒険者の野営地を後にした。
「なんでユリウス様はわたしが恐がるって確信してるわけ?」
「恐いのはどっちかっていうとトールなのにな。ガハハ!」
「セプル、オレにおじさんとか呼ばれてた過去があるからオレが何言われても許すと思ってる?」
「カレンちゃんに親戚のおじさんぐらいに思われてるから、何もされないと思ってるぜ!」
「ぐっ……ねーちゃんを引き合いに出すとか卑怯だろ!?」
「おいっ、殴るな、本気で痛ぇ!」
昔のようにじゃれ合うトールとセプルの姿にほっこりしつつ、カレンは視線をユリウスが去った方角に向けると、再びユリウスを思った。