Bランク相当の決闘
「おまえたちが魔力圧を出すからユリウス殿に見つかってしまっただろう。これで鮮血の雷が貴族たちを手放さなかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時よぉ」
魔法使いの出で立ちをしている色っぽい女性はくすくすと笑う。
貴族とのもめ事をまったく恐れている様子がない。
もめ事を避けたい側のギュンターは苦い顔をした。
「でもまさか、リーダーのお姉さんがいらっしゃるだなんて思わなかったわ」
女性はカレンを見下ろしてくすりと笑う。
この女性が弟とどういう関係なのか、カレンとしては気になるところではある。
だが、それよりも今はトールとユリウスの決闘である。
トールはBランクの冒険者。Bランクとは、ダンジョン二十階層の踏破者だ。
つまり、ユリウスと同等レベルということである。
はじまった武器の打ち合いは、拮抗しているように見えた。
カレンはぽつりと呟いた。
「トールの武器、剣じゃない?」
「戦鎚よ。お姉さんにすすめられたと言っていたけれど、違ったの?」
「えっと、すすめたというより、似合うかな? って言ったことならあります」
女性に問われ、カレンは思いだしながら言う。
正確に言うなら、トールの名前に似合うだろうなと思ったのだ。
トールと言えば前世、ファンタジーでよく引用された神話で言うところの、雷神の名前である。
雷神トールと言えば、その武器はトールハンマー。雷の鎚。
そんな話をトールにしたことがある。
そう考えてみれば、パーティー名の鮮血はともかく雷の方は、カレンのした話の影響を受けているのだろう。
鮮血というのは、もしかしたらトールの武器にちなんでいるのかもしれないとカレンは思った。
トールが軽々とふるう戦鎚は真っ赤な鮮血の色をしていた。
「確かにあの武器はお似合いよ。何もかも粉々に破壊する、あの情け知らずの容赦のなさが、リーダーにはぴったり」
「本当に、トールがパーティーのリーダーなんですね」
年上の、豊かな肢体を持つ色っぽい女性がトールをリーダーと呼ぶ。
その声音には畏れと尊敬が滲んでいて、カレンはドキドキした。
「ええ、とっても強くて恐いリーダーよ。でも、お姉さんの前では違うみたい。あんなリーダーはじめて見たわ……気持ち悪い」
「ええっ!?」
「悪い意味じゃないのよ。いえ、意味が悪い言葉だけれど……ちょっと、見慣れない姿すぎて目眩がするの。ごめんなさいね。でも尊敬はしているのよ、ホントに」
丁寧に言いながら、女性は本当に口許にハンカチを当ててうっぷと吐き気をこらえた。
「気色が悪くて紹介が遅れてしまってごめんなさい。私は魔法使いのワンダよ」
「わたしはカレンです。はじめまして」
「こちらこそはじめまして。他の男たちの紹介は後に回すわね。リーダーの機嫌を損ねたくないから」
「トールが何か怒ることあります?」
「リーダーはひどいお姉さんっ子だから、あなたに関わることだと何で機嫌を損ねることになるかわからないもの」
お姉さんっ子という単語にひどいという副詞が付くのは何かが間違っている気がする。
そう思いつつも、「ほんっとに気持ち悪いんだから」と青い顔をしているワンダにカレンは何も言えなかった。具合が悪そうなので、そっとしておく。
「ユリウス殿がエーレルトのダンジョンを攻略したというのは事実らしいな。あれだと、貴族の中では飛び抜けた実力だろう」
「しっかし、ユリウスサマは戦っているところを見ると印象が変わるな」
カレンもセプルと同じ気持ちだった。
以前、カレンはユリウスが戦っているところを見たことがあるのに――王国剣術大会で戦っていたときのユリウスとは、まったく印象が違っている。
「獣のような動きをする男だな」
「あのすばしっこいトールについて行くとは、やるな」
セプルが感心する動きをするユリウスは、カレンがはじめて見る姿をしていた。
まず、重心が低かった。剣のふるい方がライオスが日頃練習していたような王国騎士の剣技の型とは違っていた。カレンの目には無軌道な動きに見えた。だが、隙があるわけではないのだろう。トールが攻めあぐねているように見える。
ユリウスの心底楽しげな、歯を剥きだしにするように笑う獰猛な表情には見覚えがある。
「……魔力酔いしてる」
金色の目をギラギラと輝かせて、相手に剣を叩きつけるのが楽しくて仕方ないというその表情は、エーレルトの屋敷でカレーに毒を盛った料理人に魔石を叩きつけられた時の顔と同じだった。
体に満ちた魔力がもたらす高揚に身を委ねている。
ユリウスの長剣がトールを薙ぎ払おうとする。
トールはユリウスの剣先を、身の丈ほどもある真紅の戦鎚で矛先をずらし、跳びはねるような軽い身ごなしで避けていく。
剣先をずらされ、避けられても、ユリウスはひどく楽しげな顔をしていた。
揺らいだ体勢を立て直す間もその目はトールから逸らされることなく、食らいつくようにトールを追っていく。
それは獲物を追う理性のない獣の動きに見えて、カレンはごくりと息を呑んだ。
対峙しているトール本人は、哄笑した。
「アハハハハハ! アンタ、そこそこ強いじゃん!?」
「貴様こそ!!」
「あいつら、完全にハイになってるな、ありゃ。おまえらやりすぎんなよ!」
セプルが怒鳴るが二人ともまったく耳を傾けるそぶりも見せない。
「ヒャハハハハハハ! やっべ! うっかり叩き潰さねーようにしねーと、カレンに嫌われちまうかなぁ!?」
トールの口からカレンの名が出た途端、楽しげだったユリウスの顔が忌々しげに歪んだ。
「気安くカレンの名を呼ぶなッ!!」
ユリウスが容赦のない全力でトールに剣を叩きつけたように見えて、カレンは悲鳴を飲みこんだ。
「おっと、あぶ、ね――!?」
一瞬、トールは避けきったように見えた。
一合、二合――だが、ユリウスがトールに叩きつけた三合目の剣の見えない矛先が、ぐんと伸びてトールの戦鎚に叩きつけられた。
トールの手から戦鎚を跳ね飛ばす。
ユリウスは体勢を崩したトールの喉元に剣先を突きつけた。
「これで終わりだ、鮮血の雷よ。私の勝利をもって二度とカレンには近づくな」
「へえ、剣に魔力をまとわせたのか。属性を持たせないことで視認しづらい、いい武器だが、魔力に敏感な魔物向きじゃないぜ? 目先の情報にまどわされる人間向きだな」
「御託はいい。うなずくのであればトドメは刺さないでやろう」
「どっちにしろトドメを刺すのはやめてもらっていいですか!?」
カレンの叫びは両者に黙殺された。
トールはユリウスを見上げてにやりと笑った。
「それは聞けない相談だ、ぜ!!」
「ぐあっ!?」
「ユリウス様!?」
急に、ユリウスの方が前のめりになって倒れて、カレンは悲鳴をあげた。
その背中には、トールの戦鎚がバチバチと白い光を纏って、ひとりでにユリウスの背中に突き立っている。
「両者ここまで! 勝者は鮮血の雷だ!」
ギュンターが宣言し、カレンはユリウスに駆け寄った。
「トール、これ、刺さってない!?」
「ちゃあんと加減してるって」
トールの手から戦鎚がまとうものと同じ白い光――雷がバチバチと迸った。
光が一際輝くと、その手に向かって戦鎚が吸い寄せられるように一瞬にして飛んでいく。
ユリウスは倒れた格好で咳き込んではいるが、その背中には穴も開いていない。
カレンはほっとしたあと、飛ぶ戦鎚の謎を解くためにトールの手の中にある戦鎚をじっと見つめた。
「もしかして、磁力で引き寄せた?」
「正解っ! さすがだな! ヒヒイロカネ合金で作られたオレのトールハンマーは、雷をめちゃくちゃ通しやすく作ってあるんだよ。だから、雷で磁力を発生させれば、手元から離れてもすぐに戻ってくるようになってる」
「ほへー」
魔法で雷を作りだし、その雷を操ることで磁力を発生させて、手元から離れた戦鎚を磁力で手元に戻したらしい。
カレンはこれまでトールにしてきた色んな話を思いだして感嘆した。
教えたカレン本人にすら、電気と磁力の正確な仕組みはわからない。
だからトールはカレンから得た理解の断片を繋ぎ合わせて、自分でここまで辿り着いたのだ。
トールはユリウスのもとまでやってくると、しゃがんでその顔を覗き込んだ。
「オレの二つ名は鮮血の雷なんだぜ? 雷の手札があると思わなかったのかよ、兄さん?」
「ぐっ……!」
悔しげにユリウスがうなり、拳を握る。
次にトールはカレンを見やった。
「オレ、強くなっただろ? 褒めてねーちゃん!」
「よーしよしよし」
カレンが差し出された頭を撫でていると、俯せていたユリウスがその格好のままぽかんとして言った。
「うん? ……姉ちゃん?」
「キャッ、ユリウス様に姉ちゃん呼ばわりされちゃった。アリ!」
「ナシ! ねーちゃんの弟はオレだけ!!」
「……弟……トールって、君、カレンの弟のトールくんか!?」
ユリウスはガバッと起き上がって叫んだあと、痛めた背中を庇って呻いた。
その表情からは毒気が抜けていて、いつものユリウスの顔になっている。
魔力を使うことで魔力酔いから自力で抜け出したらしい。
カレンはユリウスにポーションを飲ませつつ、ほっと息を吐いた。
ユリウス曰く、本当の姿。
あのユリウスもカレン的にはアリだけれども、やはりいつものユリウスの方が安心感がある。
トールが差し出す手を取って起き上がったユリウスは言った。
「以前、カレンについて調べた時にトールくんの存在は知っていたが、まさかBランクの冒険者になっているとは思わなかったよ……君たち鮮血の雷は無理やりダンジョン調査隊に割り込んできたと聞いているが、もしやその理由は――」
「とーぜん、ねーちゃんの住む町を守るためだよ。王都のダンジョンが崩壊するかもって聞いて、すっとんで来たんだぜ」
「おー」
カレンは歓声をあげパチパチと拍手した。ユリウスはほっと息を吐いた。
「そうだったのだね。貴族の間では、仲間を失ったわけでもない君たちがどうして協力してくれるのかと、疑心暗鬼になる者もいたのだよ」
「オレのことは鮮血の雷じゃなく、トールでいいぜ、ユリウス。アンタ、及第点。ねーちゃんと付き合うまでなら許してやるよ。ライオスよりマシっぽいし」
「……私のことは兄さん、と呼んでもらって構わないよ? トールくん」
「だーかーら、さっきのはそういうんじゃねーんだっての!!」
先程までの怒りが嘘のように冗談を言うユリウスに、トールが喚く。
カレンは二人の掛け合いにぷっと吹き出すと、声をあげて笑った。