冒険者問題4
「ようこそいらっしゃいました、王女殿下。どうぞこちらへ」
「うむ。その後、問題はないか?」
「王女様にご報告するような問題は何も起きていませんとも」
「必要であれば見回ってみますか?」
「問題がないのであればよいのだ。そなたたちに案内の手間をかけさせるつもりはない」
「本当にいいのですか?」
「そなたたちを信用している。いや、正確に言うのであれば、そなたたちを信用してよいと言ったカレンをな」
キリッとして言うヴァルトリーデに、出迎えに来た冒険者たちがほう、と感心した顔をする。
ヴァルトリーデの本音は、魔物に遭遇したくない、である。
冒険者たちの野営地は森に半ば食い込んでいるので、彼女はできるだけ早くこの場から離脱したくてたまらないのである。
それを知るカレンは内心苦笑した。
ヴァルトリーデは軽く冒険者たちと会話を交わすと、「あとは任せたぞ」とカレンとユリウスに言い、ドロテアとイルムリンデを連れて泰然とその場を後にした。
ちなみに、戻ったら薬の時間だ。
解毒のポーションはまだ、飲み続けてもらっている。
「俺たち冒険者の見解もあんたらと同じだ。どうも八階層がきなくさい」
「やはりそうか」
ギュンターの言葉に、ユリウスがうなずいた。
情報共有の時間である。ヴァルトリーデも参加するべきなのではないかと思うものの、ボロが出ないようにそそくさと帰っている。
あれで、『忙しい時間の合間をぬってわざわざ冒険者の野営地まで足を運ぶ王女様』と好評らしい。
比較対象が先日のボロミアスなのもあって、スープカレーの列に自ら並びに行ったのも高評価らしい。
あの時は冒険者たちがわれ先にと鍋に群がる中で、その一番後ろあたりにヴァルトリーデがお行儀良く並んだのを見て、ぎょっとした冒険者たちが列を形成しはじめた形だったらしい。
あれがなければ冒険者の中でも特に強い者たちがスープカレーを独り占めしていたかもしれないと、多くの冒険者たちがヴァルトリーデに一目置く理由の一つらしい。
ヴァルトリーデは『ここが最後尾かな?』と思って並んだだけらしいのに。
「またBランクの冒険者が消えた。一人ぐらいなら気まぐれにやる気を失ってどこかへ消えた可能性もあるが、三人目ともなると話が変わる。どいつもこいつも化け物みたいな魔力量持ちのやつらばかりだから、めったなことが起きたとは思わないがな」
「近衛騎士団も一部隊、消息を絶っている。あまり素行の良くない者たちの中では腕に覚えのある者たちだったはずなのだ。八階層の魔物にやられるとは考えにくい」
「あぁーっと、つまり、行方不明者の捜索って点では俺たちはお互いに協力できるというわけだ」
このダンジョン調査隊の拠点が七階層の山麓の森に置かれたことは偶然ではなく、以前から目星をつけていたらしい。
十階層よりも手前、しかしそう浅すぎない場所で、何かが起きている、と。
「トリスタン殿から、王国騎士団の調べでは八階層がもっとも空気中の魔力量が薄くなっているという結果が出たと聞いている。そのことと、彼らの失踪に何か関係があるだろうか?」
「俺たちの方は空気中の魔力量を測定するような魔道具は持ってないからそこはわからんが、どうも八階層に入ると方向感覚が狂うやつが多い。幻覚を見せる類いの魔物がいるのかもしれん。本来、八階層にはいるはずのない魔物がな」
「八階層は元々道に迷いやすい場所ではないか?」
「岩の迷宮、だな。だが、道がわかりにくかろうと、優秀な冒険者ほど深淵に向かう道を間違えたりはしないんだ。まあ、だから……なぁ」
ギュンターが溜息を吐くと、周囲に向かって呼ばわった。
「おい! 八階層で道に迷ったやつ、こっちに来い! ユリウス殿にその時の状況を話して差し上げろ」
「貴族に情報を渡すなんてなぁ」
「カレンの願いのうちだろ! それとも貴族の野営地まで行って話したいのか!?」
「はいはい、話しますよ!!」
ユリウスは今、王国騎士団と冒険者たちの橋渡し役となっている。
渋々ユリウスに寄っていく冒険者たち。カレンがいると話しにくそうだったので、カレンは空気を読んで彼らから離れた。
「カレン、少しついてきてくれるか?」
「? はい」
ギュンターに呼ばれてカレンはヒョコヒョコついていく。
ユリウスもチラッとこちらを見たので、カレンは手を振っておいた。
ギュンターは森の奥を指差した。
「あちらに、もう一つ冒険者の野営地がある」
「え? そうなんですか?」
初耳だったので、カレンは目を丸くした。一度も行ったことがない。
「成りかけのBランク以上の冒険者たちの野営地だ。同じ冒険者だってのに、Cランクの俺はおろか、Bランクの冒険者ですら成りかけ以上とは話が通じないから、予め野営地を離してあるんだ」
「冒険者同士ですら、話が通じない……? 錬金術ギルドに元Aランク冒険者の錬金術師の人がいますけど、普通でしたよ?」
錬金術ギルドの副ギルド長を思い出すカレンに、ギュンターは首を振った。
「Aランクはむしろ、まともなやつが多い。通常Aランクになるには純粋な強さ以上に、冒険者ギルドへの貢献ってやつが必要になるからな」
「成りかけって、Aランクになりかけっていう意味じゃなかったでしたっけ?」
「そういう意味もあるが、俺の言ってる成りかけってのは、マジで女神と同じ階梯の存在に成りかけてる、っていう意味だ」
「……そんなこと、本当にありえるんですか?」
Aランクになれば、女神と同じ階梯まで昇ったかのように尊敬される。
そういう比喩かと思っていたのに、ギュンターは森の奥を見やりながら言う。
「あいつらは、マジで別種の生き物だぜ。Bランクの人間には二種類いてな。人と、化け物だ。冒険者ギルドが最近Aランクに昇級させるようなやつは、みんな人の方のBランク冒険者だ。ホンモノはぶっとんだ思考回路のやつが多くてな。冒険者ギルドもお手上げだ」
カレンはごくりと息を呑んで森の奥を見やった。
「まあ、そういうヤツでも、三十階層以上のダンジョンを踏破すればAランクだ。あいつらは冒険者ランクを上げることに執着がないやつがほとんどで、三十階層以上を突破していても申請すらしないやつも多いが、Aランクにもヤバいやつはいるから気をつけろよ」
「わ、わかりました」
「あいつらは階梯を昇ることにしか興味がない、女神に魅入られた存在だ。だから、普通は国の依頼なんか無視して集まっては来ないんだが――」
ギュンターが溜息を吐く。
ダンジョンで階梯を昇ろうと思えば、魔物を殺しまくるしかない。
それも、命をかけてだ。
すでに十分高い階梯にあってさらに上を目指すのなら、その賭け金はどれほど高いものになるだろうか。
「そういうやつらですら、ダンジョン調査隊の噂を聞いて集まってきた。あいつらと同等ランクの冒険者も行方不明になっているからだ。異常者同士、通じ合うものでもあるんだろう」
Cランクの冒険者ですら異常者と呼ぶ、Bランク以上の冒険者たちの野営地が、この森の奥にあるという。
「そういうやつらを貴族と会わせたらどうなるか――特にあの近衛騎士どもと会わせたらどうなるかは、冒険者ではないあんたでも想像がつくだろう?」
カレンはごくりと生唾を飲みつつうなずいた。
「だから隔離しているんですね。それに、これまでわたしたちに会わせなかった、と。正解だと思います。ヴァルトリーデ様も、隠していたことをお怒りになったりはしないと思いますよ! わたしからも理由はきちんと説明します。わたし、冒険者に詳しいと思われているので」
「まあ、もう成りかけ冒険者たちと貴族は遭遇しちまったんだがな」
「でも、何事もなくてよかったです」
「ここまでの前置きで、何事もなく済んでるわけがないだろう」
「え?」
「いなくなった貴族の騎士どもがいるって話、あっただろう?」
「え……?」
カレンは先程のユリウスの話を思いだし、もう一度「えっ?」と言って首を傾げた。
「あの、あの……その人たち、生きてます?」
「生きてはいる」
ギュンターは渋い顔つきで苦虫を噛みしめるように言った。
まったく安心できない答えにカレンはたらりと冷や汗を流した。