ダンジョンクッキング3
「おいっ!? せっかくの万能薬に余計なもんを入れて壊そうとするんじゃねえよ!?」
カレンがスープカレーにナスの素揚げを乗せようとするのをギュンターが泡を食って止めた。
「えっ? でも野菜の素揚げ、乗せた方が美味しいですよ? 特におすすめはナス。素揚げにすると野菜の旨味甘味がぎゅっと詰まって、スープカレーのスパイスが味を引き立ててくれますよ?」
「ぐっ、美味そうだな……」
「それにみなさんにも言っておきますけど、この万能薬は保存が利きませんから! ただの料理なので保管とかせず、今日中に食べてくださいね~!」
これまでのカレンの経験上、こう言う料理系のポーションは常温保管でもって二~三週間だ。お茶系のポーションはもっと長持ちする。なので、正確な賞味期限はいまだ謎だ。
カレーの配膳を受けるべく、各自マイ皿を持って列に並んでいた冒険者たちがぎくりと肩を震わせる。中にはポーション瓶を持っている人もいたのは、他に皿がないからではなく、万能薬をとっておこうとしたからなのかもしれない。
「熱々美味しいスープカレーに野菜の素揚げをたっぷり乗せて美味しく食べましょうよ!」
「……というか、本当にこんなもんをもらってもいいのか? 万能薬だぞ?」
「いいですよ。うちのヴァルトリーデ様と仲良くしてくれるなら」
ギュンターの言葉にカレンはしれっと条件を追加する。
追加条件を聞いて、ギュンターは溜息を吐いた。
「万能薬をただで食わせてもらえる対価としては、安すぎるだろ」
「安いと思うなら、優しくしてあげてくださいね。まあ、いい人? なので」
この世界の感覚で言うところのいい王女、強者ではないかもしれない。
だが、カレンにとってはなんとなく通じ合うところの多い人である。
「悪い御仁ではないんだろうよ。……冒険者と同じように列に並んでいらっしゃるところを見るとな」
ギュンターが呆れ顔で後方を振り返る。
長い行列の後方には、金髪の美しい女性がお皿を手にワクワクとした顔で並んでいる。
ヴァルトリーデ第一王女その人である。
「王女様ですら並んでるってんで、みんなつられてお行儀良く並んでやがる」
「みなさん高ランク冒険者だからお行儀がいいのかと思ったら、ヴァルトリーデ様につられてるんですか」
笑うカレンを見て息を吐くと、ギュンターは自前の皿を差し出した。
「今のところ体に不調もねえし、シェフの勧め通りに野菜を乗せてもらうか……素揚げ、美味そうだしな」
ギュンターのスープカレーにカレンのおすすめ野菜を盛っていった。
「ナスと、ピーマンと、カボチャに、パプリカと~」
「うぎっ、ひぃっ、壊れるな、壊れるな、壊れるなよ~っ!」
見守るギュンターの手に鑑定鏡はないものの、まるで鑑定結果が見えているかのようにカレンが素揚げを一つ乗せるごとに身もだえては安心を繰り返していた。
そこからは自然とチキンレースがはじまった。
冒険者たちは万能薬を手に入れる機会と、己の蛮勇や食欲を天秤にかけ、身もだえながら野菜の素揚げを乗せられていった。
「キノコの素揚げも美味しいですよ?」
「もういいっ! もういいっ!!」
「え~、美味しいのに~」
ホレホレ、と乗せるそぶりで高ランク冒険者を悶絶させたりなどしつつ、カレンは次々と配膳していく。
「おれは野菜抜きで」
「ぎゃはは! 日和ってんのかよ! 高ランクのくせに」
「セプルてめえ黙れ! おれは野菜が嫌いなだけだ!」
「ガキかよ」
時折セプルに煽られる冒険者はありつつも、ほとんど全員の冒険者が野菜の素揚げ乗せを希望していく。
正直に言えば、カレン的には野菜の素揚げを乗せてもポーションは壊れないと感じていた。これは錬金術師の、自分がつくったポーションに対する直感だ。恐らく正解である。
だが、冒険者たちが楽しそうにチキンレースをしているので、カレンは水を差すのはやめて笑顔で口をつぐんでいた。
「カレンちゃん、こいつを付けると薬草固パンも美味く食えるな!」
「でっしょー?」
一番にカレンにスープカレーを盛ってもらい、野菜もカレンのおまかせで乗せられて、乗せられたあとで周りの冒険者にポーションが壊れる可能性を指摘されてヒイヒイ言っていたセプルの言である。もう何でもいいやとなったらしい。
やがてヴァルトリーデたちの順番が回ってきた。
「カレン! 実に美味しそうな香りだな! 私のいた天幕にも香りが届いていたぞ」
「それじゃ、騎士の方々もこの香りを気にしてくれていますかね」
「ああ、どこの騎士団の料理かと、うろついて探している者が何人かいたのでな、私の錬金術師が冒険者のために作っている料理ポーションだと教えておいた。これでよいのだな?」
ヴァルトリーデはじっとカレンを見つめた。
「この話、広めたいのであろう?」
「……はい。ご協力いただきありがとうございます、ヴァルトリーデ様」
カレンはにっこりと笑みを浮かべた。
冒険者たちの、騎士たちを見返したいという心情に乗っかって、カレンもカレンの事情で作戦を遂行中である。
「万能薬を作れたので、ダンジョンを出た暁には私はBランクの錬金術師になれるでしょう」
「当然、そうなるであろうな」
カレンだけに作れるポーション。誰にも再現できないだろう。
以前、熱を下げる無魔力素材のポーションのレシピの論文で昇級を狙ったが、その時には却下された。
だがあれは、カレンに信頼がなく、再現できない以上は他の素材が混ざっている可能性を否定しきれなかったからだ。
誰にも再現できない理由に『女神の制限』が含まれるのなら話は変わるとユルヤナは言った。
これでもしBランクに昇級できない時にはいよいよギルドを移籍するしかない。
「その事実を風の噂に知って、覚悟をしておいてほしい人がいるので、助かりました」
「うむ。そなたの敵は震撼するであろうな。さて、そろそろ私にもスープカレンを分けておくれ」
「スープカレーですね。はいはい」
「むむっ?」
銀の皿を受け取って、山盛りにしてあげる。そこに野菜の素揚げも乗せる。決してポーションは壊れない。むしろ、ポーションはますます完成に近づくだろう。
ヴァルトリーデは万能薬が壊れる心配をしていないのか、ニコニコしながら嬉しそうにスープカレーに彩り鮮やかな野菜が盛られるのを見守っていた。