ダンジョンクッキング2
「もうすでに良い香りだな」
カレンの一番近くにいるギュンターが言う。
特にカレンの手元を凝視しているので、何かおかしなものを入れはしないかと見張っているのだろう。カレンは甘んじてその警戒を受け入れた。
次に近くにいるのはセプルで、次にユリウスだ。
スパイスを運んでくるようお願いの使者を出したら、ユリウスが荷馬車を引いてきたときには驚いた。
そのあとも、カレンの助手のように手伝いながらずっとこの場に居続けている。
若干の気まずさを覚えつつも、ありがたくユリウスの助けに頼らせてもらっている。
「わ~! お腹が空くにお~い!」
「他に何か手伝うことはあるかしら?」
「えーっとですね」
コッコのぶつ切りを大量生産してくれた赤鎧の女冒険者の申し出に、カレンは手を止めずに考えた。
コッコ肉を焼き、大量のスパイスと、採取してきたみんなで刻んだタマネギ、ニンニク、ショウガのすりおろしを巨大な鍋に投入し、鍋相応の大きな木のへらを使い、トレント油で炒めていると、香りが立ってきて近づいてくる冒険者がますます増えてきた。
日は傾き、時刻は夕方ぐらいだろう。ダンジョンの中では神殿の鐘が聞こえないので、正確な時間はわからない。
日が落ちきる前には夕飯を完成させたいところだ。
なので、カレンは素直にお願いした。
「そっちの鍋に油をたっぷり入れて温めておいてくれますか? 野菜やキノコを素揚げにするので」
「素揚げね。美味しそう」
くすくすと笑う女冒険者にカレンはへらっと笑って、大量のカットしたトマトと砂糖とバターをドカッと入れて炒めていく。
ダンジョンで見つけた素材で行き当たりばったりで作る、出たとこ勝負のスパイススープカレーである。
カレンは出たとこ勝負でもポーションにする自信があったのだが、思った以上に魔力量が重要になってきそうだった。
階梯が上がってカレンは魔力量もCランクへと上がった。
だが、スープカレーの量が多いのと、手伝ってくれた冒険者たちの魔力が食材に移っているせいもあって、結構余裕がない。
額に汗をするカレンの顔を、ユリウスが覗き込む。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です。魔力回復ポーションがありますから」
一度は作れたはずのポーションが作れなくなり四苦八苦するハラルドの横で、ダンジョンに入る前にとユルヤナに叩きこまれたのが魔力回復ポーションの作り方だった。
素材は魔茸。魔力植物に寄生して魔力を吸い上げる寄生キノコだ。
人間がこれに寄生されて重篤な状態に陥ると、幻覚を見させられながら魔力を吸い上げられていくことになる。
とはいえ、何日も体を洗わずにでもいなければ魔茸が体に生えることなんてないし、たとえ生えても払えばすぐに落ちる。
加工の仕方によっては幻覚を見られる危ない系統のお薬になるそうで、錬金術師はDランク以上にならないと取り扱いが禁止されている。
カレンはすでに、小魔力回復ポーションなら自力で作れるようになっている。
ポーチから取り出した小魔力回復ポーションを飲んで魔力を回復させると、カレンは鍋に向き直った。
鍋に焼いたコッコ肉を戻し、水を加えて煮こんでいく。
煮込みつつ、カレンは冒険者たちを見やった。
「みんな、スープカレーが食べたいか!」
「食いたい! 食いたい!」
「本当に美味しそう!」
「美味そうなのは香りだけとかなしだぜ!」
ノリのいい冒険者たちにカレンはにんまりと笑い、やる気を補充するともう一つの鍋に向かった。次々と切った野菜を素揚げにしていく。
獲れたてホヤホヤ水分たっぷりの野菜は油が跳ねまくるものの、魔力で防御しておけば安全である。
「へ~、お姉さん、魔力制御が上手いねえ。魔法使い並じゃない?」
魔法使いの少年の言葉にカレンはキリッとして言った。
「魔法理論は平民学校で少しかじりましたがまったく理解できませんでした!」
「うん、まあ、そこが魔法使いの難しさだよねえ」
熱々のトレント油で野菜を次々と素揚げしていく。
カラッと上がったサクサクの野菜を熱いうちに提供するために、カレンは煮こんだスープの味を見て、黒胡椒や塩を加えて味を調える。
「ふむ、良い感じだね」
味がほぼ完成に近く整ったところで、カレンは最後の素材を取り出した。
薬草だ。乳鉢ですりつぶして粉末状になっている。
これからカレンがやろうとしていることがもし失敗しても、スープカレーの美味しさが壊れるのを避けるための措置である。
繊維っぽい草が残るスープカレーはカレンの望むところではないので。
薬草とはハーブとは別のもの。スパイスとも別のもの。
この世界でもっとも有名でありふれた、基本的な魔法植物。
カレンは最初に薬草をカレーに入れたときのことを思い返した。
正確に覚えているわけではなかったものの、薬草を入れたら美味しくなった、と感じたのだ。薬草がカレーに合っている、と思った。
合いすぎていて――そうそう、薬草がカレーに適合したのではないかとまで思ったのだ。
それは口にすらしなかったカレンの中の冗談だった。
けれど、薬草が回復ポーション以外の何かに変化するという真実を、言い当てたと判別されたのではないか。
そう、恐らく、あの時カレーに入れた薬草は変化したのだ。
カレーが万能薬になるために必要な、何かに。
その何かに変化するよう願い魔力をこめながら、カレンはサラサラと薬草の粉末をカレーに加えていく。
次の瞬間、急激に魔力の消耗が激しくなってカレンの心臓の鼓動が大きく早くなった。
急に体から力が抜けていく――魔力が抜けていったためだ。
カレンが倒れかけるのを、誰よりも早くユリウスが支えた。
「カレン」
今すぐやめろと言われるのだろうか、とカレンは一瞬身構えた。
「私が支えているから、君のやりたいことを最後までやり通すんだ」
「……! はいっ!」
カレンはユリウスを見上げて破顔してうなずくと、吸い上げられるままに魔力をカレーの鍋に捧げていく。
前回、エーレルトで作ったスパイスカレーの再現をしようとしていただけだったから、これほど魔力が必要になるとは思ってもいなかった。
こんなに魔力の消耗が激しいとわかっていたら、もっと少量のカレーで挑戦するべきだった――後悔は先に立たず、そして今更やめる気にもならない。
カレンはガクガクと震える足で立つことを完全に諦め、ユリウスに身を任せた。
だらだらと汗を流しながら満面の笑みを浮かべ、目を輝かせた。
こんなにも面白いことが起きようとしているのに、中断するだなんて、そんなもったいないことができるはずがない。
カレーに入れた薬草の粉末が虹色の輝きを放って変化していく。
その変化がカレーに影響を及ぼしているのが、前回とは違って目に見えてわかった。
かすかだけれど、光の粒子が舞っているのが見える。
「こいつは……ッ!」
ずっと鍋を覗き込んでいたギュンターが息を呑んだ。
カレンは魔力の流れを切った。心臓がドクドクと音を立て、頭が痛んだ。
荒い呼吸を整え、立っているのも精一杯のカレンのために、ユリウスがカレンのポーチからカレンの鑑定鏡を取り出してカレンの目の前に掲げた。
ユリウスに支えられ、ユリウスが掲げる鑑定鏡を覗き込んで、カレンは汗だくで微笑んだ。
コッコのスープカレー
万能薬(中)
「コッコのスープカレーの万能薬ポーション、完成っ!」
「ば……万能薬ゥ!?」
セプルが大声で叫ぶから、冒険者たちがわれ先にと殺到してスープカレーを鑑定し出した。