冒険者問題3
「俺たちんとこで起きてる問題ぃ?」
「そうそう。何かあるんでしょ? 教えてよ」
「つまり、カレンちゃんは王女様が送った間者ってことか?」
冒険者のキャンプ場を案内しながら嫌そうな顔をして言うセプルに、カレンはうーんと首を傾げた。
「ヴァルトリーデ様はわたしに何かしろなんて命令はしてないよ。ただ、わたしが勝手に聞きにきただけ」
「カレンちゃんもいよいよ貴族の子飼い錬金術師って感じだなあ」
セプルの口調には嫌悪感が滲んでいる。
冒険者には金儲けのために力を使う錬金術師を軽蔑する風潮がある。
錬金術師はダンジョンのドロップ以外で唯一のポーションの供給者だが、彼らは冒険者に格安でポーションを供給するより貴族に高価なポーションを卸すことを目指すものだからだ。
自分たちの命を救うポーションよりも貴族の化粧品作りに夢中になる錬金術師を彼らが嫌うのは当然のこと。
化粧品系のポーションを貴族相手に売ると金になるので売りまくっているカレンにとっては耳に痛い言葉である。
一応、今は回復系のポーションの供給が安定しているのでカレンが作る必要はない。
もしも緊急事態ともなれば、カレンは率先して冒険者に卸す回復系のポーションを作る側に回るつもりだ。非常時のポーションの供給は錬金術師の義務でもある。
しかし、貴族の子飼いになればその義務は免除されるも同然で、義務を回避できる立場に上り詰めることを錬金術師として大成したと考える人もいる。
「俺はカレンちゃんの味方だが、貴族の、いや、王族の狗にペラペラと冒険者の仲間たちの情報は売れねえよ」
「そういうんじゃないんだけどなぁ」
「だったらなんだ? 原動力は忠誠心か? それとも金か、あるいは地位や名誉を約束されてんのか?」
「忠誠なんてないし、お金はまあ払ってもらえるけれど規定通りだし、Dランクになれたのはヴァルトリーデ様が推薦してくれたからではあるけれど……」
カレンはDランクになってすぐにCランクに上がってしまったため、ありがたみを噛みしめる機会はほとんどなかった。
あれっ? とカレンは小首を傾げた。
まず、あのヴァルトリーデ相手に忠誠心を誓っているわけがない。
特別お金を払ってもらったわけでもない。今以上の地位や名誉を約束されたわけでもない。
それなのに今、カレンはどうしてヴァルトリーデのために動いているのか。
物思いに沈むカレンの横で、セプルは目をまん丸にした。
「Dランク!? もうずっとFランクだったのに。いつの間に二つもランクを上げたんだ? そりゃあ王族の靴も舐めるか」
今はDランクどころかCランクにまで上がっている。
Cランクの証であるブローチは、ダンジョン内で落としたら嫌なので、最初に挨拶した時以外は外して蓋つきのポケットにしまってある。
いつもなら嬉々として取り出して見せびらかすカレンだし、ヴァルトリーデの靴を舐めたことなどないと抗議するところだが、カレンはとある事実に気がついてしまっていたためそれどころではなかった。
「どうしよう……わたし、ヴァルトリーデ様のこと友だちだって思ってるかも」
「おいおい、冗談もほどほどに……マジか?」
カレンの顔を覗き込んだセプルが言って愕然とする。
どうやらカレンの顔に本気と書いてあったらしい。
「えーっ、恥ずかしいっ! あっちはそう思ってなさそうなのに!」
「なさそうというか、絶対にないだろ」
「わかってるけど! 言わなくていいじゃん!」
カレンは顔を赤くして喚いた。
セプルはそんなカレンを見下ろしていたかと思うと溜息を吐いた。
「まったく、いつもいつもいい子だな、カレンちゃん。カレンちゃんみたいな子を嫁にもらえるライオスは果報者だな」
「ライオスとは別れてるに決まってるじゃん。ユリウス様とお付き合いしているんだから」
「カレンちゃん、あの色男に騙されて、ライオスを捨てたのか!?」
「ま、そんなとこかな。騙されてはいないけど」
カレンは適当に事情を誤魔化した。
正確な事情を話せばセプルはカレンのために怒り狂ってくれるだろう。
いつだか、カレンを不幸にしたら殺すとライオスにメンチを切っていた。
冒険者の脅しは八割くらい本気なので、本当に殺されては困る。
この調査隊の中にはライオスもいるのだ。
「はあ、俺が出稼ぎに行ってる間に色々起こりすぎだろ。火事もよぉ。帰ってきて様子を見に行ったらアパートが焼けてるからさ。焦ったぜあれは。火の不始末はよくないぜ、カレンちゃん」
「……ふうん、表向きにはそういうことになってるんだ」
後始末をすべてグーベルト商会に任せておいたらこれである。
カレンの自業自得で火がついたことになっているらしい。
「セプルおじさんは後から調査隊に合流したの?」
「後からって行っても、調査隊の出発した翌日ぐらいには俺もダンジョンに入ったぜ? 危険度がわからないがその分実入りがいい仕事だって聞いてよ、取るものも取りあえず潜ったわけだ」
「なるほど。じゃあ、錬金術ギルドの声明は聞けてないね」
Cランクの錬金術師がBランクの商会の商会長のどら息子に煩わされているためこれを改善するように、と声明を出してくれる手はずである。
もうすでに、火事の原因もグーベルト商会にあることが明らかにされている頃だ。
「で、冒険者の間でどんな問題が起きているのかをカレンちゃんは調査しに来たんだったな。いいぜ、教えてやろう」
「いいのっ?」
「向こうがどう思っているにせよ、カレンちゃんにとっては助けてやりたいと思うくらい、大事な友だちなんだろう? 友だちのためにカレンちゃんが何かしてやりたいと思うなら、協力するさ」
「ありがとうっ、おじさん!!」
「ぐえっ。体当たりすんなっ!」
カレンを引き剥がすと、セプルは言った。
「ついてきな。そろそろ問題が起こる時間だからな」
「問題が起こる時間?」
セプルがカレンを連れていったのは煮炊き場だった。
白い煙が幾筋も空に昇っていく。
その下で鍋を煮立たせていた冒険者のうちの一人が、叫んだ。
「ダーッ! 貴族どもは美味そうなもんを食ってるってのに! なんでオレたちはこんなもんを食わせられなきゃなんねえんだよっ!!」
叫んで、その冒険者が地面に叩きつけたのは緑色の四角い板のようなもの。
カレンは目を細めた。
「あれ、薬草固パン?」
「そうだ」
セプルは重々しくうなずいた。
「俺たちは食事込みの依頼だって聞いたから、何にも用意してきてないってのに、貴族ばっかりいいもん食いやがって、俺たちにはこんなもんを食わせやがるんだ! クソだと思わないか!?」
「でも、ダンジョンの中で薬草固パンを食べるのは普通じゃない?」
安くてお腹がいっぱいになる、文字通り薬草と小麦粉で作られた、とっても固い緑色のパンである。
持ち運びに便利なサイズで腐りにくく、腹持ちがいい。
だが、とてつもなく苦くてまずい。
しかし、これだけを食べても生きていけるという代物である。
「薬草の栄養価が高いのか……それとも」
薬草が栄養価に『変化』しているのか。
カレンははく、と鯉のように口を開閉したあと、セプルにジト目を向けた。
「貴族は自分で食糧を持ち込んでいるわけでさあ、それを分けろっていうのは違うんじゃない?」
「わかってる。ただ腹が立つんだよ。地方領地の貴族ならこんな真似はしないぞ。あいつらは冒険者を領地に招いてダンジョンを攻略させようと必死だからな。必ず俺たちと同じもんを食う。が、王都の貴族どもはわざわざ俺たちに見せつけるようにして食うんだよ!! クッソ腹立つ!!」
「ごはんがまずいからって、そんなことで貴族とギスギスしてるの?」
「おまっ、そんなことってなぁ!? 重要な問題だぞ!? まずい食事が問題なんじゃない。あいつらは馬鹿のくせに俺たちを見下してくる! それが問題なんだ!! 他にも色々とあってだなあ!!」
日々の恨み辛みが食事時に表面化しているらしい。
いつも薬草固パンを食べていそうな冒険者たちですら不満顔である。
もちろん自分で用意した食材で煮炊きしている者もいるものの、セプルの大きな声に彼らもうなずいているので、料理の味自体が問題ではないのだ。
根本的な解決にはならないものの、カレンは言った。
「大きなお鍋ある?」
「うん? 何をするつもりだ?」
「貴族たちが何を食べているにせよ――それより美味しいものを作って食べようよ」
「もしかして、カレンちゃんが作るのか? だが、貴族の食いもんより美味い保証がどこにあるんだ?」
「わたしが保証するよ」
「……あの、食に一家言どころじゃないカレンちゃんがかい?」
セプルがごくりと息を呑む。
前世の記憶を受け継ぎしカレンは、幼少期からグルメである。
「美味しいよ。香りもすごいよ。風向きがよければ貴族のところにも届くよ。すっごくお腹がすいて、口の中によだれがあふれるような香りがね」
エーレルト伯爵家が用意してくれ、第一王女部隊が運んでくれている荷物の中には、カレンのために用意された大量のスパイスが眠っている。
セプルはにんまりと笑った。
「ほほう……! 面白くなって来たじゃねえか!」
「香りは魔物にも届くだろうけど、襲われる心配はしなくていいね?」
「そっちは俺たちの専門だ! 七階層の魔物ぐらい任せときな!!」
「どうせ作るなら、ダンジョンの異変の主を呼び寄せるぐらい香り高い料理を作ってくれよ!」
「そうしてくれたら調査をする手間が省けるねえ!」
セプルが請け合い、周りの冒険者たちが囃したてる。
カレンのダンジョンクッキングの時間のはじまりである。