冒険者問題2
「そうしょっちゅう来られても迷惑なんだがな」
カレンが冒険者たちのキャンプ場にやってくると、ギュンターが現れた。
言葉通り煙たげな顔つきをしているギュンターにカレンは笑顔で応えた。
「わたし、ヴァルトリーデ様のご用でうかがったわけじゃないんです」
「だったらなんでここへ来た?」
「まずは自己紹介させてください。わたし、アースフィル王都の冒険者街五番地区の第二アパートの五階のカレンです」
「冒険者街? つまり、あんたも冒険者か?」
カレンの紹介の仕方によって明らかにギュンターの態度が軟化するのを見て、カレンはにっこりと笑みを深めた。
カレンは経歴的に、冒険者の懐に潜り込みやすい。
それをヴァルトリーデも知っているはずだがあの様子だとカレンに諜報を命じそうもないため、カレンが自らの自由意志で情報を集めに来たのである。
ちなみにユリウスには作戦を話して護衛として同行してもらっているが、道中は気まずく会話はほとんどなかった。
「父と弟が冒険者なんです。わたしは錬金術師としてヴァルトリーデ様に雇われているだけで、あくまでも平民なので、こちらに家族が合流していたら心強いなと思いまして」
「王女様に雇われるってことは凄腕なわけだ」
またギュンターの警戒心が復活する。冒険者をやっている錬金術師と、そうではない錬金術師は冒険者にとって別物である。
そうではない錬金術師の方は対等だと思っているものの、冒険者をやっている錬金術師を含めて冒険者たちはそうは思っていない。
ダンジョンの攻略者こそが一番偉いというのが冒険者の考え方である。
「つまり、親父か弟がこの中にいるってことか? いるのなら呼んでやるが」
「父は何年も前にダンジョンに潜ったっきり帰ってこないので、ここにはいません」
冒険者の間では、亡骸の見つからない行方不明者を死んだとは言わない。
たとえ葬式を挙げていてもだ。
「そう、弟がいるかもしれないので、探しに来たんです。自分で探すのでお気になさらず」
「いやいや、遠慮せずともいいぞ。おまえさんの弟ってやつの名前を教えてくれや。本当に存在しているならな?」
カレンはきょとんとした。
弟が本当にダンジョン調査隊に合流しているとは思っていなかったので方便ではあったものの、まさか弟の存在自体を疑われているとは思わなかったのだ。
「弟の名前は――」
「おおっ、もしかしてそこにいるのはカレンちゃんか!?」
カレンが名前を口にしようとした時、声をかけられてそちらに向き直った。
「あっ! おじさん! セプルおじさんだ!」
「おー! 家が燃えたって聞いたぞ! 大丈夫だったか?」
「わたしは大丈夫!」
Dランク冒険者のセプル。カレンの父の友人である。
髪をオールバックにして一つに結んでいる。三十代後半のはずだが若々しく、二十代後半にも見えるのは何回か階梯を昇っているからだろう。
それでも、Cランクにはまだなっていない。
Cランクの冒険者になるためには十階層を攻略しないといけない。
ダンジョンには十階層ごとに強い魔物がいて、この魔物を倒すには命をかけることになる。
だから、ならないことを選んだのかもしれない。
ランクを昇れるだけの強さは十分持っていても、ならないことを選ぶDランクの冒険者は結構いるのだ。
「セプルおじさんも調査隊に来てたんだねっ」
カレンが子どもの頃からのくせで飛びつこうとすると、ぐんっと襟首を引っぱられる。
前に進もうとしても進めない。
そんなカレンの姿を見て、セプルは眉をしかめた。
「――カレンちゃん、後ろの色男は一体誰だい?」
「あ、えっと、ユリウス様だよ。護衛として一緒についてきてくれたの」
「そいつ、貴族だな」
「うん、そうだね」
カレンは引っぱられつつもうなずいた。
引っぱっているのはユリウスである。
何をするのかとカレンが怪訝顔でユリウスを見上げると、ユリウスはカレンを見下ろしていた。
カレンが冒険者のキャンプ場に赴くにあたって、ユリウスには一応護衛としてついてきてはもらったものの、例の女の件は未解決だ。
目が合うと思わず睨んでしまったカレンに、ユリウスは「すまない」と焦った様子で手を離した。
カレンが襟首を引っぱられたから睨んだとでも思ったのかもしれないが、それは違う。だがそれを今追及するのも完全に違う。
セプルとギュンターは顔を見合わせた。
「彼女はあんたの知り合いか?」
「ああ、俺の昔の飲み仲間の娘でな」
「冒険者の弟がいるという話だが、事実か?」
「事実だ」
「それなら彼女はいてもらっても構わない、が――エーレルト伯爵家のユリウス殿、あなた様は王女様の下に帰還していただけないでしょうかね? あなた様がいるだけで、どうにも俺たちのような冒険者は気疲れしてしまうのでね」
「私はカレンの護衛だ」
「護衛なら俺が引き受けるさ。友人の娘なんでな」
「ユリウス様、おじさんがわたしの護衛を引き受けてくれるそうなんで、先に戻っていてください」
ちょうどユリウスと気まずかったところである。
カレンがありがたくセプルの方に近づくと、ユリウスは表情を曇らせた。
「……君がそう言うのであれば、先に戻ろう。彼は父親の友人で、君にとっては父のような存在である、ということでよいのだね?」
「おっしゃる通りです!」
「ならば……私が出しゃばる場面ではないのだろうね」
ユリウスは妙に端切れ悪く言うと、踵を返してその場を去った。
「ふん、おとといきやがれってんだ」
「セプルおじさん?」
遠くなるユリウスの背中に悪態を吐くセプルにカレンが驚いていると、セプルは言った。
「お貴族様にとっちゃ俺みたいな平民になんて汚くて触れられたもんじゃねえ、とでも言いたいんだろうよ」
「えっ? ユリウス様はそんなこと言ってないよ?」
「カレンちゃんが俺に体当たりしようとしたのを止めただろ? 感じの悪い野郎だぜ。まあ、カレンちゃんももうデカいから、体当たりはやめてほしいがな」
「体当たりじゃなくて親しみを込めた抱擁! だし、えっと、ユリウス様はそんなつもりでわたしを止めたわけじゃないと思うよ?」
「だったらなんだっていうんだ、あの敵意のある目つきはよ」
ユリウスは敵意のある目で、カレンが抱きつこうとしたセプルを見ていたらしい。
カレンからは見えなかった景色を語るセプルの言葉に、カレンは頬を赤らめつつ言った。
「もしかしたら嫉妬……かも? わたし、あの人とお付き合いしてるから」
「カレンちゃん、騙されてるぜ?」
セプルが深刻な顔でカレンの肩に手を置いた。
「そんなことないよ!!」
「そんなことある!!」
「セプルおじさんのばーーーーか!!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよバーカバーーーーカ!!」
カレンとセプルが不毛な言い争いをしているうちに、ギュンターや他の冒険者たちは呆れ顔でカレンへの警戒を解いて解散した。