冒険者問題
アースフィル王都ダンジョン七階層、山麓の森。
名の通り山の麓にある森で、ダンジョンに入ってすぐの森より魔物のランクが上がり、遭遇する頻度も上がるそうだ。
カレンは森の端の開けた場所に設営された貴族の天幕地帯から離れないので、魔物は空を飛ぶ鳥系以外一度も見ていない。
冒険者たちは貴族たちの天幕から距離を置くため、森に入り込んだ場所にテントを張っていた。
ヴァルトリーデを先頭にカレンたちが冒険者のテント連に近づくと、明らかに非歓迎的な気配が漂いはじめた。
中程まで近づくと、ヴァルトリーデの前に壮年の強面の冒険者が立ち塞がった。
「貴族の方が今度はどのようなご用件ですかな?」
険のある物言いにも怯まず、ヴァルトリーデは笑顔で応えた。
「冒険者の代表者と話しがしたい。私はヴァルトリーデ・アースフィル。アースフィル王国第一王女であり、第一王女部隊を率いる隊長である」
「……貴族ではない、と。それは失礼いたしました。ご案内いたしましょう」
「よろしく頼む」
ヴァルトリーデの笑顔に、冒険者は気後れした様子で、その後は若干物腰が柔らかくなったように見える。
ヴァルトリーデはとびきりの美女だし、温厚で、人当たりがいい。
相手が平民だからと侮るような人でもないことはカレンが保証できる。
案外この人選は間違っていないのではないか、とカレンはこっそりと思った。
「ギュンター、お客さんだ」
「入ってくれ」
案内されて他より三倍ほど大きなテントに入ると、中には三人の冒険者がすでにいた。
一人は女性、二人は男性。
中央の男性が前に進み出る。
「俺はギュンター。冒険者代表の任を冒険者ギルドより任されたCランクの冒険者で、Cランクパーティー『漆黒の鷹』のリーダーでもある」
「私はヴァルトリーデ・アースフィルだ」
「話は聞いている。俺たちの監視人に選ばれたそうだな? 厄介事を押しつけられたわけだ」
ギュンターが皮肉に笑う。
左右の男女がヴァルトリーデに向ける目つきにも不信が滲んでいる。
「厄介事などとは思っていないぞ。冒険者は国に欠かせぬ大事な存在だ。そなたたちと貴族たちの架け橋になれるよう、この仕事に私は誇りを持って取り組むつもりだ」
天幕での話し合いの内容はおくびにも出さず、ヴァルトリーデは愛想よく言う。
カレンの目にも本心からの意欲がにじんでいるように見えるので、ギュンターは困惑顔だった。
演技が上手いな、とカレンはヴァルトリーデを見直した。
伊達に誇り高き王女の演技を何年もし続けてきたわけではないということか。
「架け橋ね。もしそうなってくれるならありがたい話だが、俺たちにはあんた方が貴族の代理人にしか見えないがね」
「最初はそう思われるのは致し方ないことであろう。そなたらに信じてもらえるよう、私たちも励む所存だ。ゆえに、今後何か困り事があれば私たちに相談してほしい」
「困り事ねえ」
ギュンターは左右の男女と目配せし合う。
明らかに何かがある雰囲気である。
「……今のところ、特にはないんで今日のところはお帰り願えるだろうか?」
「あいわかった。何かあればいつでも私の天幕に人を寄越してくれ。私も時折様子を見にうかがわせてもらおう」
「ご親切にどうも、王女様」
ヴァルトリーデはギュンターの言葉に食い下がることなくさっぱりと言った。
ギュンターは愛想笑いを浮かべてひらひらと手を振り、カレンたちを見送った。
「明らかに何か問題が起きている最中です、って顔をしてましたねえ」
「だが、私に言う気にはなれなかったのだろう。まだ信頼関係を築けていないゆえ、致し方ないことだな」
カレンはヴァルトリーデの天幕に設えられている火の魔石を使った魔道コンロの火を止めると、中の黒い液体をカップにそそいでヴァルトリーデに手渡した。
「はい、あったかいタンポポコーヒーです」
「解毒のポーションだな。ふう、ダンジョンでは温かさが身に染みるな」
ヴァルトリーデはホカホカのタンポポコーヒーをふうふうしながら飲み始める。
定期的にデトックスしているため、最初のようにトイレに駆け込むような事態にはならないが、念のためにユリウスや他の侍女たちは席を外している。
「カレンは冒険者の家族がいるという話だったが、何か気づいたことはあったか?」
「そうですね……あの天幕にいた他の二人は、ギュンターさんのパーティーメンバーではないと思いました」
「そうなのか? てっきり、漆黒の鷹のメンバーなのかと思ったが」
「違うと思いますよ。女性の方は赤い鎧姿だったし、もう一人の男性は銀の鎧姿だったじゃないですか?」
「ふむ、そうだったかと思うが、それが?」
「パーティー名に『漆黒』を付けているんですよ? きっとパーティーメンバーの装備は黒で揃えていると思います」
「理由はそれだけか?」
「それだけって、大事なことですよ! 冒険者は厨二病の方が多いんです! 絶対に黒で揃えてます! よほどものすごいアーティファクトがドロップしたならともかく――いえ、ドロップした場合でも、女神様は結構、普段使っている装備の色と揃えてくれたりするんですよっ」
「本当かあ?」
ヴァルトリーデは完全にカレンを怪しむ眼差しである。
「本当ですって。だから女神様はいつも自分たちを見ているのだと感じるんだって、冒険者の人たちは言うんですから」
だからこそ、冒険者はランクが高ければ高いほど女神に恥じるような真似はしない。ましてやダンジョン内では決してしない。
「カレンが言うのならそうなのかもしれぬな。そういえば、冒険者部隊に参加しているCランク以上のパーティーの名だけ聞いたのだが、漆黒の鷹と紅蓮の舞姫と、黄昏の騎士団と言うそうだ。騎士団とは名ばかりで、彼らを叙任した貴族はいないそうだが」
「女性は赤い鎧姿だったので、紅蓮の舞姫っぽいですね」
「ではもう一人いた男は黄昏の騎士団か……パーティーリーダーが集まり会議を開いていたところ、という可能性が高いな」
「問題が何なのか突き止めて大問題になる前に止めないと、ヴァルトリーデ様の責任になっちゃうなんてひどくないですか??」
「まあ、致し方ないことよ」
ヴァルトリーデはのほほんと答える。
「……ヴァルトリーデ様は責任問題になることをまったく恐れていないように見えるのですが、何故でしょう?」
「ウッ」
何故かギクッとした態度になるヴァルトリーデ。
カレンがじとっと見つめていると、ヴァルトリーデはてへっと言った。
「今のうちに内向きの仕事を担ってそれで手いっぱいということになっていれば、魔物を倒したり森の奥に調査に行かされずに済むであろうと……な?」
「道理で意欲があるように見えるわけです」
無理やり押しつけられた仕事ではなく、前向きに引き受けた仕事であるらしい。
ボロミアスが厄介事をヴァルトリーデに押しつけたことに間違いはないだろう。
ヴァルトリーデがそれを意気揚々と引き受けたのだとしたら、ボロミアスからすれば不可解この上なかっただろう。
「イルムリンデ様もドロテア様もヴァルトリーデ様のことを心配しているのに! もう!」
「す、すまない……だが重要な仕事であることは間違いないし、私はせいいっぱいやるつもりだぞ」
ヴァルトリーデはキリッとして言う。
「だがまあ、責を果たせない場合でも私の場合は命までは取られぬのでな。せいぜい謹慎程度の罰だろう。だが、そなたらが連座になるとどのような罰を下されるかわからぬゆえ、そのようにはならぬように立ち回ってくれ」
誰もヴァルトリーデに期待していないのだ。ヴァルトリーデ自身さえ。
カレンは呆れ顔で溜息を吐きつつ、明日からの方針を心に決めた。