手のひら返し2
それにしても、とカレンはガブリエルを見上げた。
錬金術ギルドの偉い人として、遠目で見たことがあるだけの人。
ナタリアのことを随分と思いやってくれているらしい。
「いくらナタリアが可愛いとは言っても年の差がありすぎませんか?」
ぐっと眉間にしわを寄せるカレンにガブリエルはクワッと目を見開いた。
「友人のガキに誰が発情するか!! 妙な想像してるんじゃねえ!!」
「あ、そういう関係でしたか。それは失礼を」
「もう、嫌だわカレンったら。ガブさんとはそんな関係じゃないのよ。ガブさんはお父さんとお母さんの友だちなの。親戚みたいなものなのよ」
と、言いつつナタリアはいつになく照れた様子で、カレンは瞳孔の開いた真っ黒な目でじっとガブリエルを見つめた。
「ふぅん。そうなんだぁ……」
「妙な目で俺を見るんじゃねえよ……馬鹿言ってないで、ナタリアのためにもさっさと帰って精進しろ。どういうわけか、弟子を取らないことで有名なユルヤナ殿がおまえを弟子にしてくださっているんだろう? 存分に学べよ」
カレンは返事をせず、澄ました顔でポーチから取り出した瓶をコトリとカウンターに置いた。
「なんだ? これは――」
「中回復ポーションです」
「はあ?」
何を言っているのかと怪訝な顔をするガブリエルの横で、ナタリアは目をみるみるうちに丸く見開き頬を薔薇色に染めていった。
「カレン、まさか!」
「昨日、作れるようになっちゃった」
「さすがカレンだわっ!!」
カウンターから飛び出してきたナタリアが抱きついてくる。
カレンはナタリアの体を受け止めて、ぽかんとしているガブリエルに向かってピースした。
「わたしの昇級申請を却下してたら、王都の錬金術ギルドは見る目のないアホの集まりになるところでしたね。ナタリアの慧眼のおかげでそうはなりませんでしたがね!」
「――確かに、中回復ポーションだな」
単眼鏡の形をした鑑定鏡で確認すると、ガブリエルは言った。
「誰か、これをおまえが作ったものだと証人になれるやつはいるか?」
「師匠の前で作りました」
「ユルヤナ殿なら間違いないな。いやー、マジかよ」
「だから言ったでしょう、ガブさん。カレンならすごいことをやり遂げるに違いないって!」
「そのようだな。はあ……確かにナタリアの先見の明のおかげで、ギルドの面子は保てそうだ」
カレンの昇級申請を経験不足か何かを理由に却下しておいて、更に上の昇級事由を満たされると、ギルドの面子に関わるらしい。
どうして昇級をスキップするとよくないのかわからないなりに、ナタリアに無駄な努力をさせたわけではないらしいのだ。
カレンにとって重要なのはそこだけである。
「わかってない顔をしてるな、おまえ」
「えへへ」
「例えばだな、おまえがDランクになりたいのにうちのギルドが邪魔をするって言いながら、Cランクになるための条件である中回復ポーションをぶら下げて余所のギルドに駆け込んだりしたら、まるでうちが悪意あってDランク昇級を止めてるみたいになるだろう?」
「まあ、そうですかね。実際は納品実績が短すぎるからでしょうけど」
「それも正当な理由だが――Cランクになれる実力のあるやつの昇級を阻んだなんて噂になったら、錬金術ギルドとしては致命傷なんだ」
Cランクからは、上級錬金術師。
国のため、世界のためになる仕事ができると女神に認められた証を体現する者たち。
彼らの邪魔をする者は、護国を妨害する者として厳罰に処されることになる。
ガブリエルは深い深い息を吐いて、ナタリアを見やった。
「……ナタリア、ほんっとうにおまえ、よくやった。昨日はよくぞ俺たちを根気強く説得してくれたな。ありがとうな」
ガブリエルはぽん、とナタリアの頭を無造作に撫でた。
ナタリアは随分と嬉しそうな顔をしている。
「うふふ。どういたしまして、ガブさん」
ガブリエルはナタリアの頭を撫でた手で自分の頭を抱えて呻いた。
「あーやべえ。なんで急にそんなことになんだよ、オイ! こっちは別に悪意があってDランクへの昇級を止めようとしたわけじゃねえんだが!?」
「わかってますよぉ。経験不足のわたしのためを思ってくれているっていう側面もありますもんね」
「これがわかんねえコンコンチキがいるんだよこの世の中にはよぉ……!」
中間管理職の悲哀を滲ませるガブリエルがわめいていると、錬金術ギルドに入ってくる新たな人物の気配があった。
「あ、いたいた、カレンさん! Dランクへの昇級、どうなってました? もし申請が却下されていたら、見る目のないこのギルドじゃなくて私と一緒に他のギルドに移籍しません? 実は百年ぐらい前からずっと私を好条件で勧誘し続ける国がありまして~」
「ほら出たよコンコンチキがよ!!」
ユルヤナの登場にガブリエルが叫んだ。
たとえ相手のためを思っての措置であろうとも、前進を阻む者を敵だと認識する人はいるだろう。
思春期の若者しかり、ユルヤナしかりである。
「Dランク、昇級してました! これからCランクに昇級させてもらうところです!」
「そうなんですか。へえ。最近のこのギルドは慣例にこだわるばかりで面白みがない人間が増えてきたので、てっきりカレンさんを経験不足だと言って昇級させないかと思いました」
「ユルヤナ殿、あんた、そんなことを考えていたのかよ……! 道理で最近の会議をすっぽかしまくると思ったら……言えよ! うちのギルドを見捨てる前に!!」
「二十年ほど前からちょくちょく言っていますよ~」
「うぐっ!?」
「人間のいいところは新陳代謝の速さです。それがない人間は、私にとって無意味なんですよねえ」
ユルヤナの冷たい笑顔に、ガブリエルが頬を引き攣らせる。
カレンは弟子として間を取り持つべくコホンと咳払いした。
「師匠、わたしはまだアースフィル王国で頑張っていくつもりなので、一緒にこの国で錬金術の研究をしましょうよ。ね!」
「カレンさんが言うのならそうしますか」
ニパっと笑顔になるユルヤナに、ガブリエルはげっそりと青ざめた顔で胃をさすっていた。