作成成功
「カレンさん、やっと私と錬金術について話しあう時間がやってきたようですね!」
夜、錬金工房に帰ってきたカレンを待ち構えていたユルヤナに、カレンは苦笑して言った。
「師匠。お話したいのは山々なんですがわたし、ダンジョンの調査隊に参加しなければならなくなりまして、どれぐらいかかるかわからないので今のうちに血筋の祝福で病む子たちのための解熱のポーションを大量に作らないといけないんですよ」
カレンとて、研究のためにもユルヤナと話したいことはたくさんある。
だが、グーベルト商会がそれを阻んでくる。
とはいえ、ダンジョン調査隊への参加はたとえグーベルト商会に推薦されなくとも、ヴァルトリーデが参加する以上は彼女のために結局は参加していただろう。
「じゃあ、それを作りながらでいいので話しましょう!」
「でき……なくはないですけど、品質とか、落ちないですかね?」
「ダンジョン遠征に役に立ちそうな様々なポーションの作り方も教えてあげますから! 話しましょう!! この私と!!」
ユルヤナはどうしてもカレンと話したいらしい。
彼にとっては錬金術が何よりも大事で、それ以外のことはどうでもいいのだ。
カレンはとりあえずポーション作成の準備だけ進めつつ、片手間に言った。
「師匠は私と何を話したいんですか?」
「あなたが階梯を昇った理由となった『理解』についてです」
「……わたしが階梯を昇った理由が『理解』だってどうしてわかったんですか? 他の人たちは、わたしのグーベルト商会への抗議が女神様に認められた証だって思ってるのに」
そういう噂が流れているのを知っていて、カレンは否定もせずに流れたままにしている。カレンだって怒っているので。
「そりゃあ、あなたは錬金術師ですからね。階梯を昇るといったら錬金術への『理解』によると決まっています。それで、一体何を『理解』したんですか?」
ユルヤナがワクワクした顔で訊ねる。
カレンはその問いに答えようと口を開き――閉じた。
「……ええっと」
何故か、言いたくなかった。ユルヤナは錬金術の師匠で、カレンは弟子として自分の錬金術の状況について伝えて教えを仰ぐべきだろうに。
口を開いても、言葉が出てこない。
言えないわけではない。言おうと思えば言えるだろう。
薬草が変化した――ポーション以外のものに。
たったそれだけのことが、どうしても、言いたくない。
「ふむ。本当に『理解』によって階梯を昇ったんですねえ」
「師匠? あの、どういう意味でしょうか?」
「少し考えればわかると思いますよ、カレンさん。あなたは『理解』によって階梯を昇った――つまり、その『理解』には階梯を昇れるだけの価値があるということです。それだけの価値あるものを勝手に拡散してはいけないと、女神に止められているんですよ」
「女神様が、わたしを止めている、ですか?」
「『女神の制限』と言ったりします。その制止を振り切ることはおすすめしません。女神の意向に逆らうということですからね」
カレンは口を噤んだ。
そして、すぐに別の用件で口を開いた。
「だから、知識が秘匿されているんですか? 知識というのは広まれば広まるほど、より深まっていくものなのに」
「深まるかどうかは知りませんが、その考え方で合っていると思いますよ」
「論文について、閲覧制限がかけられているのも?」
「そうです。女神の制限はあるものの、文書については緩くなるんです。どうしても自力では理解に至れない者が文書の助けを得ることは、女神もお許しくださるんですねえ。とはいえ、身の丈に合わない知識を得ようと文書を読もうとしても目が滑るそうですよ」
「そんなこと、はじめて知りました……」
カレンがぽかんとして言うと、ユルヤナがにんまりと笑った。
「理解の階梯を昇った者だけが知ることを許される世界の真実ですからねっ! ようこそ、カレンさん。あなたはいずれこちら側にいらっしゃると思っていましたよ」
忙しくとも手を止めてでも知っておいてよかったと、カレンは茫然としつつうなずいた。
世界の真実――世界の秘密。
カレンはそれに触れた。だから、女神が階梯を昇ることを許した。
偉大な一線を越えた感覚に、カレンはぶるりと身震いした。
胸の奥がぐつぐつと熱かった。その熱を、すぐに何かに使ってみたかった。
「回復ポーションを作ってみてください、カレンさん。仕事用のポーションを作る前に、あなたの今の能力を正確に測っておきましょう」
「はい、師匠」
カレンは素直にうなずくと、回復ポーションを作り始めた。
ハラルドに摘んできてもらった薬草を使い、いつも通りの手順で作った回復ポーション。
ユルヤナは鑑定鏡の眼鏡の奥で目を細め、にやりと笑った。
「――お見事です。カレンさん」
「まさか」
カレンも、慌ててカレンの鑑定鏡で自身が作りだした回復ポーションを鑑定し、しばらく言葉を失った。
薬草の水薬
回復する(中)
「……中回復ポーション」
「普通、中回復ポーションを作れるようになるためにはまず、自分の魔力に合う、ポーションの力を増幅させる魔力素材を探すところからはじめるものなんですけどねえ。まさか自力で中回復ポーションを作ってしまうとは! カレンさんはやはり他の人間たちとは何かが違っています!」
ユルヤナはカレンを手放しで賞賛したあとで、扉の方を半眼で見やった。
「それだけに、傍に置くべきではない者を置き、その者のために時間を割いていることが実に惜しい」
カレンもそちらを見やれば、ハラルドが錬金工房の扉の側で立ち尽くしていた。
その手にはコップが二つ乗ったお盆がある。
夜まで錬金術をしているカレンたちのために、お茶をいれてきてくれたのだろう。
「師匠、ハラルドはわたしを手伝ってくれているんです。師匠だって助手くらいいるでしょう?」
「もちろんいますけど、魔力なしの役立たずではありません」
「魔力がほとんどないから、おかげで薬草摘みを任せられるんです! それに、魔力がいらないことなら何でもできるんですよ、ハラルドは!」
「魔力がなくてもできることなどたかが知れていると思いますけどねえ」
カレンがユルヤナをむすっと睨みつけると、ユルヤナは溜息を吐いて引き下がる。
ユルヤナとハラルドはいつもこんな感じだ。
彼はカレンに対して甘いから、カレンの我が儘を許している、というだけだ。カレンの言葉を受け入れてくれているわけではない。
カレンは内心溜息を吐いた。
「ハラルド、お茶をちょうだい。ちょうど喉が渇いていたところだったの」
「は、はい……」
「いれてきてくれてありがとう。これは、蜂蜜レモン湯かな?」
「そうです。その、疲労回復に効果があると教わったので」
ハラルドが身を縮めながらもカレンから教わったことを復唱すると、ユルヤナがはんっと鼻で笑った。
「それはポーションにしたら、の話でしょうに」
「いいえ、師匠。ポーションにしなくても、蜂蜜レモンには疲労回復の効果があるんです!」
「ふーん、そうなんですねえ」
自分が間違えたくせに興味なさそうに相槌を打つユルヤナをじろっと見やってから、カレンは蜂蜜レモン湯を口にして、目を丸くした。
「これ……魔力をこめながらお湯を入れた?」
「はい。その、カレン様から教わったことをそのまま、体で覚えるためにやってみようと……えっと、僕の魔力は少ないので、そんなに入れられませんでしたが……まずかったでしょうか?」
ユルヤナの目を気にして恐る恐る訊ねるハラルドの方を見もせず、カレンは手にしたコップの中身を凝視していた。
「あの、カレン様?」
カレンはもう一口蜂蜜レモン湯を飲んで、ただの蜂蜜レモン湯を飲んだ時とは明らかに違う体への影響を確かめると、鑑定鏡で蜂蜜レモン湯を覗き込んで息を呑んだ。
自分の作った回復ポーションが中回復ポーションになっていた時より、カレンは驚愕した。
蜂蜜レモン湯
疲労を回復する(小)
蜂蜜レモンのストックはカレンが作ったものである。
だが、それはまだ効果の確定していないただの素材だ。
そこから熱を下げるポーションにするも、免疫力を高めるポーションにするも、疲労回復するポーションにするも、これから魔力をこめて決定する。
カレンが魔力をこめたわけでもないのに、ハラルドが入れたその蜂蜜レモン湯は無魔力素材のポーションになっていた。
なんで? どうして?
カレンの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
だが何よりも、ハラルドのためにカレンは目に喜びの涙を浮かべた。
涙目で見つめられたハラルドはまだ何が起きたのかもわからないまま、きょとんとカレンを見上げていた。