遺された言伝
グーベルト商会から治癒術師の他に大工までもが派遣され、急ピッチでアパートの補修がはじまった。
アパートの住人たちは彼らを猜疑の目で見ていたものの、グーベルト商会側の人たちは「カレン殿の召集に応じて参りました」と言い、カレンもそれにうなずいた。
グーベルト商会はあくまでこの火災とは無関係。
そういう立場を取るためにだろう、彼らは精力的に働いてくれた。
カレンの家はほとんど焼け落ちている。建て替えなくて大丈夫なのだろうかと思ったものの、大工の魔法で建材の木の継目がニューンと延びてくっつくのを見て、この世界なら大丈夫らしいとカレンは納得した。
大工達を見ていたカレンは、とん、と肩に手を置かれて悲鳴をあげて跳び上がった。
「ヒイッ!」
「おい……そろそろいいか?」
「な、なんだ……ライオスかぁ……ほっ」
ユリウスかと思った相手がライオスで、カレンは胸を撫で下ろした。
見れば、ユリウスは声が聞こえないくらいの離れた場所で二人の騎士と対峙していた。
エーレルトの騎士たちだ。恐らくカレンの護衛についてくれているという人たちだろう。
片方は土下座姿で何度も頭を下げてユリウスに詫びを入れている。
もう片方は背中に手を回して堂々たる態度でユリウスと対話をしていたが、土下座の騎士に足払いを受けてスッ転んでいた。
恐らく、カレンを止めなかった廉で騎士たちはユリウスに詰められているのだろう。
だが、カレンはたとえ止められたとて止まらなかったはずである。
「さっきはありがとうね、助けてくれて」
「俺は何もできなかったがな」
「憲兵の人たちにああ言ってくれて助かったよ。アパートの人たち、わたしを行かせるために憲兵の人たちを殴って気絶させようって顔をしはじめてたから」
カレンはもう慣れたものだが、前世の基準で言えば冒険者なんてほとんどならず者の集団だ。
女神の目を気にする信心深い人たちなので基本的にはいい人が多いけれど、話し合いが紛糾すればナチュラルに殴り合いに発展する程度の治安である。
日常的に魔物という生き物を殺すことが習慣で、生活の糧で、それが楽しくて仕方ない人たちの集まりである。
「……冒険者というのはどいつもこいつも野蛮だな」
いいところのお坊ちゃまは溜息を吐いた。
カレンはそんなライオスの顔をじっと見上げた。
「疲れた顔をしてるね。……大丈夫?」
「ハッ、俺を心配するだなんて本当におまえは相変わらずだな」
ライオスはカレンを嘲笑い、だがすぐにその見慣れた笑みを引っこめて溜息を吐いた。
「おまえ、俺に惚れてなかったんだな」
「は? 何の話?」
「あんなに献身的に俺に尽くしておいて、惚れてないとは思わないだろう。だが、俺はおまえのあんな顔を見たことがない。おまえは誰にでもそうだというだけなんだな」
「あ、あんな顔って何のことかな!?」
顔を赤くするカレンを無視して、ライオスは唐突に用件を告げた。
「母が死んだ。遺言で、おまえに伝えてほしいと言伝を頼まれて今日はここへ来た」
「フリーダさんが亡くなった!? どうして!?」
「病気だ。ポーションでは治らないたぐいのな。おまえにはすまないことをしてしまった、と。申し訳なかったと伝えてほしい、とのことだ。俺の用はそれだけだ」
本当にそれを言うためだけにここへ来たのだと言わんばかりに、ライオスは言い終えるやマントを翻して立ち去ろうとした。
だが、カレンはそのマントの裾を掴んで引き留めた。
ライオスは嫌そうな顔で振り返った。
「なんだ? 俺にも謝罪しろとでも?」
「さっき、ライオスは言ってくれたよね? わたしを誤解していたけれど、それは違った、って。どうして考えが変わったの? あんなに頑なに、自分の血筋の祝福は自力で治したんだって思い込んでいたのに」
「……おまえは俺がおまえにうんざりしていることに少しも気づかなかったくせに、余計なことは気がつくんだな」
ライオスは、フリーダが生きていた頃なら綺麗に整えられていた赤い髪をぐしゃぐしゃにかき回して言った。
「言わないでおこうかとも思ったが……今後どこからか情報が入った時におまえが妙な誤解をしないように、あらかじめ伝えておく」
「うん」
「母は、持病で亡くなった。随分前から患っていたらしい。……以前、俺の世話で母が倒れたことがあったろう? あの時に医者にかかってわかったそうだ」
フリーダが倒れたから、ライオスは諦めてカレンの世話を受け入れるようになった。あの頃の話だろう。
「医者には余命幾ばくもないと宣告されたそうだが、母は俺にもおまえにも言わなかった。俺に言えばまだベッドから起き上がることもできなかった俺が絶望すると思ったらしい。おまえに言えば俺を置いて逃げるかもしれないとも思ったと」
「そんなことしないのに……」
「そうだな。おまえはしない。だが、母はいつもおまえが俺をいつ見捨てるんじゃないかと心配し続けていた。母がおまえの立場なら、俺など見捨てていたんだろうな。だからおまえを無理やり俺と婚約させたし、寿命についても言わなかった」
実際、フリーダはライオスが元気になってマリアンのようなもっといい選択肢を選べるようになった途端にカレンを捨てた。
フリーダはカレンを哀れんではいた。だが、ライオスをきっと説得もしなかっただろう。
「だが、医者が驚くほど母の症状は安定し続けたんだそうだ。治りはしないが、悪化の速度が他の例に比べて非常に緩やかだったそうだ――まるで、効かない回復ポーションの代わりに何か別のポーションが効いているかのように」
「あ……」
カレンもそこで気がついた。
フリーダにはきっと、カレンが作っていた料理ポーションのうちの何かが効いていたのだ。