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炎上3

煙の中に入っても、目が滲みない。


魔力で守られているからだ。多めの魔力できちんと体を覆っておけば、火に触れても火傷はしない。

頭でわかっていても、カレンの心臓はドクドクと音を立てていた。

煙で視界が悪いのでカレンは壁に手をついて階段を駆け上がっていく。


薬草を口に含んでいると呼吸せずにいられる――というより薬草が酸素を発する仕組みについて、カレンの考察では、薬草が光合成ならぬ『魔力合成』しているのではないかと考えている。


そもそも薬草はダンジョンの中に生えるものだ。

ダンジョンの周辺――つまりダンジョン影響圏では生えず、ダンジョンの影響圏から外れた更に外側の、魔物が湧くような人外魔境でならダンジョンの中でなくても生えているらしい。


つまり、薬草というのは空気中の魔力量の濃い場所で生えるものなのだ。

だから薬草とは魔力さえ与えれば酸素を発生させてくれるのではないか、とカレンは思っている。


そう考えながら口の中の薬草に魔力を込めつつ、カレンは煙の発生源である煙たい五階を通り過ぎ、七階の部屋に辿り着いた。


この世界、貴重品はほとんど身につけているか預けているか、魔道具の金庫に入れてあるので、家に鍵をしていない人が多い。

この家もそうで、カレンは扉を難なくあけることができた。


扉を開けるとすぐにひどく咳き込む声が聞こえてきて、カレンは煙を吸わないように息を止めたまま叫んだ。


「助けに来ました!!」

「こ……こ……!」


男性が這って廊下に出てきて、力尽きていた。体が動かないと聞いていたが、そのおかげで倒れこんだまま、煙を吸い込みすぎずに済んでいるのだろう。

万が一にも火災の中で呼吸をしなければならない時には、煙は天井に上るので、姿勢を低くし、部屋の角に残っているかもしれない酸素を埃と一緒に吸い込むのがベターである。


男性は咳き込み続けていて、呼吸音がだんだんとおかしくなっていた。

カレンは濡れたハンカチで男性の口を覆ってその体を抱き起こした。


部屋から共有廊下に出ればすぐに窓があり、その下にはライオスたちがいる。

カレンは窓を押し開けた。身を乗り出すと、ライオスと目が合う。


「飛び降りろ! カレン!!」

「ちゃんと受け止めてよ!」

「カレン!?」

「下にはあなたの奥さんをはじめとした冒険者たちと、王国騎士団の騎士までいるので、安心して落ちてください!!」

「あ、あ……!」


カレンはまず男を窓から落とした。ライオスと、男の妻である女性が並んで受け取る姿勢を取っていて、妻の方がライオスを押し退けて夫を受け止めた。危なげもない。

そういえば、彼女の仲間らしき冒険者たちが彼女をCランクだと言っていた。

ライオスより最初から彼女に任せるのが正解だったかもしれない。


カレンがよく見知っているのはライオスだから、ついライオスに頼んでしまった。


「カレン! おまえもさっさと降りてこい!!」


下からライオスが呼ぶ。カレンは息を止めたまま、躊躇った。


魔力で体を覆っているうちは火で焼かれて死ぬことはない。

薬草を口に含んでいれば一酸化炭素中毒になることもない。


だからその気になれば、五階の自分の家に行ける。


貴重品は弟のものもすべて、錬金工房に移している。だけど、それでも残してきたものが、まだある。

思い出はすべて置いてきてしまった。

ダンジョンに行ったっきり帰らない、冒険者の父の遺品も――


「カレン!!」


ライオスが怒鳴ったのとほぼ同時に、カレンの背後で爆発が起きた。

爆風に押し出されて、カレンの体は窓から宙を舞った。

上も下もわからなくなる感覚。晴れた水色の空が灰色の煙で濁っていた。

ちゃんと飛び降りれば自分で着地もできただろうに、バランスも取れないままカレンは落下していった。


「カレン!!」


ライオスのものではない声にあれ? と思っているうちに、落下したカレンは誰かの腕に受け止められた。


「何をしているのだ、君は!!」

「――ユリウス、様?」


どうしてここに、という言葉を口にしようとしてカレンは咳き込んだ。

薬草が気道に入りかけたのだ。


それに、咳き込んでいるうちにどうしてユリウスがここに来たのかがわかった。

ユリウスの水色の魔石の嵌まるピアスがきらきらと魔力の光を発している。

カレンが身を守るために全身に魔力を張り巡らしたから、ピアスにも魔力が籠もっていたのだろう。

だからユリウスのピアスは熱を持ち、カレンの異常に気がついて駆けつけたのだろう。


険しい顔をしていたユリウスだったが、咳こむカレンを見てカレンを降ろすと背中を撫でてくれた。

カレンは咳をしながら不思議に思った。


口の中にあった薬草が、消えかけている。

だから吸い込みかけて咳き込んでいるのだ。


「あ、れ……?」


薬草が魔力合成で酸素を発しているから、薬草を食んでいると息ができるのだと思っていた。

だけど、それなら薬草がなくなるのはおかしい。

まるで溶けたように消えて、小さなかけらになるだなんて、ポーションになっているかのようではないか。


以前、二十分の記録を出した時にはどうだったか。

あの時のカレンは確か七歳くらい。

夕飯を作り、熱を出した弟を近くの診療所に連れていった父の帰りを待ちながら、空腹を紛らわせるために薬草を食べていた。

苦いので、鼻をつまんで味がわからないようにしながら咀嚼していて――そのまま試しに口も開かずにいたら、二十分ぐらい息継ぎせずにいられたのだ。

あの時、どんどん口の中の薬草が少なくなっていった。

普通に咀嚼して飲みこんでいたからだと思っていた。


ポーション――魔法薬。

師匠のユルヤナは言っていた。魔法素材が錬金術によって別のものに変わることを、変化と呼んでいる、と。


「魔力合成で酸素が発生していたわけではなく、魔力を加えることで薬草が魔法的に酸素へ変化した――?」


薬草とは、回復ポーションの素材である。

そんな薬草が、魔力をこめて酸素に変わる理由がわからない。


だが、変わるのだ。

薬草は回復ポーション以外のものにも変化するのだと、カレンは理解(・・)した。


その時、空気の――大気を漂う魔力の流れが変化した。

カレンを中心に魔力が渦を巻く。不可視のはずの魔力の濃度が濃くなると、やがて光の粒となって人の目にもあらわに見えるようになる。


「カレン様!!」


遠くから、ハラルドの声がした。ナタリアがティムとハラルドを引き連れて、大荷物を手に近づいてくる。小回復ポーションを持ってきてくれたのだろう。

カレンはそのすべてを遠い出来事のように感じた。


虹色の光の粒がカレンに集まって、降りそそいでくる。光の粒に触れると、カレンは得体の知れない異様な高揚感に包まれた。体中が熱く、その熱さに陶然とする。酩酊にも似た全能感に、油断をすると溺れそうになる。


空が、いつになく近く感じられる。

いつもより遙か高みに昇ったような感覚がある。

だからこの世界のレベルアップを階梯を昇ると言うのかと、カレンは我が身で実感した。


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