調査隊の発足
「わたしは何ともありませんでした。襲われたのはこの子たちですので」
「ティムが追い払ったと聞いているよ。よくやったな」
「へへ!」
「そしてハラルドも、決して心折れなかったとティムから聞いている」
「え? いや僕は、犯人の亡骸を前に動くこともできなかったので……」
「だが、危険な目に遭っている最中もカレンを恨むどころか、襲撃を受けるような錬金術師に仕えられたことを誇りにしてみせたそうじゃないか」
「それはただ、本当にそう思っただけで……情けなくも、ティムと違って僕はガタガタ震えていましたよ」
皮肉な微笑みを浮かべるハラルドに、ユリウスは真剣な顔つきで言った。
「強者が弱者に対して怯えないのは当然のことだ。だが、弱者が強者を前にして、それでも心を折られず人を恨まず、矜持を保つことはとても困難なことなのだよ。私は君から見れば強者だろうが、ダンジョンでは弱者側に回ることもある――自分よりも強い魔物を前にした時、君のようにふるまえる心の強い人間はそういない」
ユリウスの言葉にハラルドが戸惑った顔をしたあと、面映ゆそうにうつむき小さな声でユリウスに礼を言う。
その姿を見て、カレンは肩に入っていた力を抜いた。
ユリウスはカレンに向き直ると言った。
「しかし、カレン。宮廷の政治にかかわるような真似は避けた方がいい。今回は運良く国王陛下がこちら側に立ってくれたようだが、今後もそうなるとは限らない。たとえヴァルトリーデ殿下やユルヤナ殿の力添えがあろうとも、だ」
カレンは再び首を縮めた。
あまり、ユリウスとしたくない話の流れに戻ってしまった。
「わたしも好きで首を突っ込んでいるわけではないんですよ」
「もちろん、今回のことは引きずり込まれたようなものだと聞いてはいるよ。だが、君も煽ったと聞いている」
「はい……」
「次は、火傷では済まないかもしれない。だから何かあればエーレルトを――私を頼ってほしいのだ。今回のことでも、レシピの窃盗を疑われた時点で私を呼んでほしかった」
「これくらいのことで――」
苦笑を浮かべかけたカレンに、ユリウスが顔を近づけてくる。
カレンはぐっと言葉を飲みこんで頬を染めた。
「君が心配なのだ、カレン。あまり無茶をして私を心配させないでほしい」
肯定の返事をしかけたカレンはなんとか言葉を飲みこんで、笑顔を浮かべた。
「そこまでユリウス様に心配していただけて光栄です」
「恋人を想うのは普通のことだろう? カレン。カレンも私を心配してくれたはずだ」
でも、カレンはユリウスにダンジョンの攻略をやめてほしいと思ったことはない。
喉元までせりあがってきた言葉を飲みこんだカレンに、ユリウスは言った。
「実は、ダンジョン調査のための調査隊を発足することになったので、私はそれに合流するために攻略を切り上げて戻ってきたのだ」
「ダンジョンの調査隊?」
「そうだ。国王陛下が主導であらゆる分野の精鋭を集めてダンジョンを調査するそうだ。ここのところ、王都のダンジョンの様子がとみにおかしいからね。大氾濫の前兆ではないかという者もいる。とはいえ、これまでの大氾濫の前兆とはむしろ逆で、ダンジョンの大気中の魔力量は減っているのだそうだ」
カレンは気を引き締めた。
脳が溶けるとか溶けないとか言っている場合ではない話だった。
「どういうときにダンジョンの魔力量が減るんですか?」
「これはヘルフリート兄上が出席された貴族会議に出て来たという話で、身内以外には口外を禁止されている話なので、ここだけの話にしてくれるかい?」
「わかりました。ハラルドとティムは庭で草むしりをお願い」
「かしこまりました」
「はーい」
人払いをすると、ユリウスは言った。
「ダンジョン内が更に深くなり、新しい階層が生まれた時や、強大な魔物が新たに生まれようとしている時、ダンジョン中の魔力をかき集めるかのように他の部分では魔力が少なくなることがある。エーレルトのダンジョンも私が攻略したために、一時期そのような状態となった」
「だから魔物の出現が少なくなって、冒険者が商売あがったりとか言ってたんですね……もしかして、生える薬草などの魔力植物も少なくなったりしますか?」
「そうかもしれないね。魔物素材のものだけでなく、全体的に品薄になっていたように思う」
「……エーレルトと違って王都のダンジョンは攻略されたわけでもないから、新しい階層は生まれないはずですし、そうなると強大な魔物が生まれようとしているってことでしょうか」
「その可能性が高いとみて、確かめに行く予定だよ」
「絶対に危険な任務、ですよね」
「だからこそ私たち精鋭が集められた」
ユリウスはそう言うと眉尻を下げた。
「なので、危険な時には呼んでほしいなどと言っておいて、申し訳ないが調査中は呼ばれても抜けることは難しい」
「それはそうですね。国家事業、ってことですもんね」
「だからこそ、君には安全な場所にいて、安全に過ごしていてほしい。そのために、いつもよりいっそう気をつけてほしい。そのために必要なら、いくらでもエーレルトに助けを求めてくれ」
ユリウスの手がそっと伸びて、カレンの頬を優しく撫でた。
「君は、私の大切な人だ」
美しい花のかんばせ。煌めく金の瞳がカレンを見つめ、切なげに揺れるのが目映いほど美しい。
カレンの鼓動は自然と早まり、顔だって火照ったように熱を持つ。
これほど美しく、ハラルドへの理解もあり、心優しい人がカレンを思い、心配してくれている。
それが嬉しくて心臓は胸を打つ。
なのに、カレンは心の片隅でこうも思った。
随分一方的な話だな、と。
ユリウスはカレンの返事を待たずに微笑んで離れていった。
「この後、調査隊として出席しなければならない会議があるので行くよ、カレン。君の顔が見られてよかった」
ユリウスは、そう言って慌ただしくカレンの錬金工房を後にした。