謝罪交渉2
「オイゲン殿がどれだけ貴重な品々を用意したと思っているのだ!? Eランク錬金術師には不相応なものばかりのはずじゃぞ!!」
「副ギルド長、いいのですよ。カレン殿にも何か要求がおありなのでしょう」
ちょうどルーカスが怒鳴り声をあげたタイミングでお茶を手に応接室に入ってきたハラルドが扉の前で立ち尽くしていたので、カレンは手招きした。
「お茶をお出しして」
「は……はい」
ハラルドはうなずくとオイゲンとルーカスの前にお茶を出す。
カレンは毒見代わりに飲んでみせながら渇いた口を潤した。
「ご理解いただけて何よりです、グーベルト商会長。許しをお求めなら、引き換えにわたしは別に要求したいことがございます」
「聞かせてくれたまえ、カレン殿」
「わたしはグーベルト商会からの謝罪声明の発表を要求します」
「謝罪声明、か……イザークを晒し者にし辱めたい、ということかな?」
「そうではありません。わたしはただ謝ってほしいだけですし――その謝罪が口先だけのものではないことの証明に、グーベルト商会の名前で表明してほしいのです」
「それは、晒し者にすることと何が違うのだ?」
「結果的に晒し者のようになったとしても、わたしが望んでいるのはイザークを晒し者にすることではありませんので」
「望みは謝罪、か……護国のために戦う者を妨害することは罪である。愚息の行いが護国の妨害につながったと認定された以上、私には当然謝罪をする用意があるが、それをグーベルト商会から表明することが君の望みなのか? 我々の動きを見れば当然、君に対する謝罪の意はあらわだと思うが」
ピンと来ないとばかりに怪訝な顔をするオイゲンに、意図が伝わっていないことにカレンは気づいた。
「誤解があるようです。わたしは、わたしの錬金術を妨害したことを謝ってほしいわけではありません。わたしが謝ってほしいのは、わたしの錬金工房を――そこで働いている子どもたちを襲わせたことです」
「子どもたち? カレン殿は若く見えるがすでに子どもをお持ちだったか?」
「わたしには子どもなんていません! わたしが雇っている、孤児院の子です!」
「孤児?」
険しくも実直そうに見えたオイゲンの眉間のしわが寄る。
「――ああ、お雇いの孤児のうち一人はどうも将来有望な能力の持ち主らしいとは聞いている。その者を害したことに謝罪をしろということか? 未来のために、その言い分ならばわからなくはないが」
「もう一人の子にも謝罪をしていただきたいです」
「……片方は魔力無しの無能だと聞いている。我々は一体何を謝罪しろと言うのだね?」
まったく伝わらないだろうと、カレンは最初からわかっていた。
ナタリアやサラにさえ伝わらないのだから――だが、それでもカレンはめったにしない険しい顔をして言った。
「能力の有無に関係なく、子どもの命を奪おうとした非道を謝罪していただきたいと言っています」
「ふむ……よかろう。子どもがどれほど取るに足らない存在であろうとも、君の所有物であることに間違いはない。イザークはそれを壊そうとしたのだから、謝罪は必要だろう」
「わたしに謝ってほしいわけじゃありません! 本当にわたしの言いたいことがわかりませんか? 自分たちのしたことを悪だと認め、ハラルドとティムに対して謝ってほしいと言っています! 能力にかかわらず、その尊い命を奪おうとしたことを謝罪してほしい!」
あまりに通じないのでカレンが声を荒らげると、ルーカスがギリッと歯ぎしりする音が聞こえた。
苛立ちを噛み殺しきれない商業ギルド副ギルド長の隣で、オイゲンの表情は平静そのものだった。
「……君の言い分を解釈するに、君は何の能力もない孤児のためにグーベルトに謝罪をしろと言っているのか? 国のために商いをするグーベルト商会がその矜持を折って、死んだところで何の損失もない子どもに頭を下げろと」
「そう言っているつもりです。矜持を折るようなこととは思えませんが」
「理解しがたい」
「でしたら、交渉は決裂ですね」
カレンがそう言うと、ルーカスが机を蹴りながら立ち上がった。
「Eランク錬金術師が調子に乗りおって! オイゲン! 歴史あるグーベルト商会がこのような馬鹿げた要求に応じることはまかりならんぞ! ワシは帰る!!」
鼻息荒く出ていくルーカスを見送ると、オイゲンは溜息を吐いた。
「すまないな、カレン殿。あの方は商業を愛し、我々グーベルト商会に目をかけてくれているので、今回は無理やりついてきてしまったのだ。相手は副ギルド長なので、断ろうにも断りきれなんだ。だが、副ギルド長の態度に腹を立てて交渉の窓口を閉ざすのはやめてもらいたい。私はあくまでカレン殿に謝罪に来たつもりでいる。とはいえ君の要求は理解しがたく、叶えることは難しい」
「残念です」
「だが、理解のための努力はしてみよう」
それは肯定的な言葉のはずなのに、妙に空虚に聞こえた。
カレンは慎重に答えた。
「……そうしていただければありがたいです」
「私もそろそろ暇を乞おう。また会おうではないか」
オイゲンがカレンの錬金工房から出ていくのを見送り、ハラルドは言った。
「カレン様、僕のためにあんな巨大商会や、商業ギルドと争う必要はありません。商業ギルドの副ギルド長はともかく、グーベルトの商会長は話のわかるお人のようではありませんか」
「うーん」
カレンは口をへの字にして首をひねった。
「良い憲兵と悪い憲兵、って知ってる? 北風と太陽でもいいけど」
「憲兵と天気がどうかしたのですか?」
「たとえば逮捕した犯人から自白を引き出したい時、片方の憲兵が犯人を恐がらせて、片方の優しい憲兵が犯人の味方になって恐い憲兵をなだめるの。すると、犯人は優しい憲兵の方なら自分の味方になってくれるような気がして、心を許しちゃうんだよね。黙っていようとしたことを言ってしまうんだよ。心理を操作する技術があるんだ。覚えておくといいよ」
「先程、その技術を使われた、ということですか?」
「さあ……実際にはたまたま態度の悪い副ギルド長がいて、それをなだめていたオイゲンさんが理解のある人間に見えただけなのかもしれないけれど、話のわかる人だなんて思って油断しないようにね」
「かしこまりました」
「あと、これはハラルドのためじゃないからね」
きょとんとしているハラルドに、カレンは淡々と説明した。
「わたし自身の倫理のためだよ、ハラルド。今回のことにハラルドは確かにかかわっているけれど、被害に遭ったのがハラルドでなくてもわたしは同じことをしたはずだよ」
「カレン様……」
「ま、ハラルド自身にもわからないんだろうね」
戸惑った顔をするハラルドにカレンが苦笑していると、正面玄関からティムの声がした。
いつも勝手口から入ってもらっていたのに、ハラルドと一緒じゃないから忘れてしまったのだろうかと思いつつ出て、カレンは息を呑んだ。
「久しぶりだね、カレン」
「ユ、ユリウス様……」
「ダンジョンで薬草を摘みたいっていうチビたちの護衛をしてたら会ったからさ、一緒に来たんだ!」
だから遅くなったのだというティムの言い訳もカレンの耳には届かない。
切なげに眉をひそめるユリウスに、カレンはひくりと喉を震わせた。
「カレン、危うく危険な目に遭うところだったと聞いた……心配したよ」
「ご心配いただきありがとうございます。ユリウス様」
「カレン?」
妙によどみなく答えるカレンに、ユリウスは戸惑った顔をする。
そんなユリウスに、カレンは仮面の笑みを取りつくろった。