謝罪交渉
「魔法とは『魔力』と『理解』で成立していて、錬金術においては素材に対する理解が深ければ深いほど必要魔力量は少なくて済むんだって」
「だから、一般的には錬金術師になるにはCランクの魔力量がないと厳しいと言われているのに、カレン様には可能なのですね」
「そうなんだろうね。でも、無魔力素材について他の人より理解が深いのはわかるんだけど、どうして薬草を使う回復ポーションでもそうなるのかがわからないんだよねえ」
薬草に関しての知識量は、カレンもこの世界の人と変わらないはずである。
錬金工房にハラルドを入れ、以前とは違い隣に立たせていつものポーションを作りながら説明しつつ、カレンは首を傾げた。
ちなみに、ティムはあれ以来、勤務時間を時短している。
朝早く来ていたのはそうしたいというハラルドを護衛するためで、通うのが自分ひとりなら他の大勢の雑役人がそうであるように、二の鐘くらいからの出勤がいいとのことだった。
その二の鐘は先程鳴ったが、まだティムは来ていない。
元々、この世界は時計などないし時間に適当な人も多い。
仕事ができさえすれば許容されるのだ。
毎朝時間ぴったりに働く真面目なハラルドのほうが珍しいのである。
「カレン様は他の方々よりも無魔力素材に関して詳しいというご自覚がおありなんですね。どこで学んだのか、うかがってもよいでしょうか? 平民学校ではないですよね?」
「それはね――」
ハラルドには魔法契約を課している。
カレンの望まないタイミングで、秘密の口外はできないようになっている。
無魔力素材ポーションの秘密を探るためにも前世の記憶について言ってしまおうかと思ったカレンだったが、迷って結局口を噤んだ。
前世の記憶や知識が関係ないとは思えない。
だが、これまで誰にも明かしたことのない秘密をハラルドにだけ伝えるのは何か違う気がした。
「……あんまり言いたくない、かな。誰かに契約で禁じられているとかじゃないんだけどね」
「まったく無理にとは申しません! つい好奇心で聞いてしまいました。申し訳ありません」
「いやいや、絶対に気になるところだよね。だからいいよ。ハラルドが気になるそういうところに無魔力素材ポーションの秘密が隠されているかもだし! ……どうしても他の人たちが無魔力素材ポーションを作れるようになるために必要かもって思ったら、いつかは観念して暴露するから。その程度の秘密だし、気になることは何でも聞いてね!」
この世界の人の視点で見れば、カレンが気づいていないだけの何かの見落としに気づけるかもしれない。
「でしたら――」
ハラルドは気を取り直した様子でカレンを質問攻めにした。
カレンが作業をしつつひとつひとつ答えつつ、作業が一段落すると言った。
「ハラルドも実際にやってみよっか。その方がわたしの動作とかも覚えやすいんじゃない?」
「そうですね……動作は覚えられますが、魔力の動きなどは教えていただかないと覚えるのは難しいですね」
「魔力の動き! 確かにねー」
カレンが魔力の動かし方やその考え方をハラルドに説明していると、玄関のベルが鳴った。
「出て参ります」
「気をつけてね」
先日の襲撃のこともあり、カレンは囁いた。
しかもあの時とは違い、今はティムもいない。
ハラルドはうなずくと錬金工房から出ていった。
戻ってきたハラルドは緊張した面持ちで言った。
「お客様、だと思います――商業ギルドの副ギルド長ルーカス様と……グーベルト商会商会長、オイゲン様がカレン様に御用がおありとのことです。応接室に案内いたしました」
カレンは錬金釜に蓋をした。
「グーベルト商会というと、イザーク、という方の父親、ですよね……? カレン様に謝罪に来たのでしょうか?」
「謝罪もするだろうけど、助命嘆願に来たんだろうね。イザークの罪状にはわたしへの護国妨害罪が含まれているから、その分を帳消しにするために」
罪を犯した相手が許せばその分の罪は許される。
カレンのところへ来るということは、王宮にて国王の前でイザークが犯した罪もまた清算できる目処がついているのだろう。
グーベルト商会は商業ギルドのBランク。カレンが生まれる前からある商会で、あとはもう、国家規模の仕事を任せられるようになればAランクに認められるだろうという大商会である。
ダンジョンから女神の贈り物たる魔法のアイテムがドロップするこの世界のこの国の、商業を牛耳っている存在のうちのひとり。
国王が欲しがるものをいくつも持っていても不思議ではない。
「商業ギルドが出てくるわけだね」
「良いものをもらえるといいですね」
軽い口調で言うハラルドに、カレンがむっとした顔をする。
ハラルドはきょとんと目を丸くした。
「ハラルド、お茶を用意して」
「僕が、でいいんですか?」
「わたしのポーション茶を出すような相手じゃないからね」
カレンが応接室に向かうと、そこには男が二人いた。
片方は太った四十代くらいの男だった。身なりがよく、ぶくぶくと太い手指に指輪を、詰まった首からはネックレスをいくつも提げている。単なる宝飾品ではなく、身を守るための魔道具だろう。
もう片方は白髪交じりの金髪の矍鑠とした雰囲気の五十がらみの男だった。立派な口髭で口許は見えない。
つり上がった目尻のきつそうな雰囲気がマリアンと似ていたので、こちらがグーベルト商会の商会長、オイゲンだろう。
オイゲンはカレンをじろりと睨んだ――ように、見えるだけかもしれない。
どっしりとソファに腰かけた姿に迫力があり、元々目つきが悪いためか、視線がカレンに向かって動いただけでそう見えた。
カレンが部屋に入ると、オイゲンとルーカスは立ち上がった。
「錬金術師カレン殿、お初にお目にかかる。ワシはルーカスじゃ。商業ギルドの副ギルド長じゃ。この度のことは商業ギルドに長年貢献してきたグーベルト商会の進退に関わる事件ゆえ、事の成り行きを見守るために同行させてもらっている」
「どうも、はじめまして。錬金術師のカレンです」
ルーカスとカレンが自己紹介を終えると、もう一人の男が胸に手を当ててゆっくりと頭を下げた。
「私はグーベルト商会のオイゲンと申す者だ。錬金術師カレン殿、この度は愚息がご迷惑をおかけし、大変申し訳ないことをした。娘も別件でご迷惑をおかけしたとうかがっている」
「オイゲン殿! あなたほどの方がEランク錬金術師に頭を下げるなど……!」
「副ギルド長、お気づかいはありがたいが止めないでいただきたい。私は彼女に謝罪のために来たのだから、頭を下げて当然でしょう」
頭を下げるオイゲンに驚くルーカスを止めると、オイゲンは改めてカレンを見すえた。
迫力のある眼差しだった。気を抜けば圧倒されてしまいそうで、カレンはぐっと奥歯を噛みしめる。
「カレン殿、こちらにグーベルト商会として、イザークとマリアンの父として、謝罪の意を込めて詫びの品を用意した」
オイゲンが差し出した紙を受け取ると、それは物品のリストだった。
ハラルドが言っていた『良いもの』がそこには並んでいる。
罪を許すことと引き換えにカレンに与えられる慰謝料だ。
Sランクの魔力素材である世界樹シリーズをはじめとした魔力素材や、めったに手に入らないBランクの魔物素材と、Aランクのフェンリルの毛まで含まれている。
錬金術師垂涎の貴重なアイテムぞろいである。
「これをもってイザークの罪を許していただきたい」
オイゲンの言葉に、カレンはリストを机に置くと答えた。
「申し訳ありませんが、お受けできません」
カレンがそう言った瞬間、部屋にはピリッと尖った空気が流れた。