王宮の余興
カレンたちが呼び出されたのは、側妃ベネディクタと国王のお茶会の席だった。
案内された部屋の中には垂れ布がかけられていて、二人はその奥にいるらしい。
カレンたちからはその姿は見えないが、あちらからは見えるようになっているそうだ。
完全に見世物である。
ヴァルトリーデはカレンと共に部屋に入室したが、カレンを見守る立場として壁際の席に侍女と共に収まった。
本人だけではなく手伝いの人間も呼んでいいということだったので、カレンはヴァルトリーデの他に一人連れてきた。
カレンの後ろからついてきたのはカレンより背の高い人物で、骨格から男だとわかるだろう。
頭から外套の帽子を目深に被ってもらい、その顔を隠してもらっている。
とはいえ王宮に入る時に身分確認はされたので、国王とベネディクタはすでに誰だかわかっているはずだ。
イザークもまた男を一人連れて来た。
銀色のブローチをつけているので、銀かミスリル――DランクかBランクの錬金術師なのだろう。どちらかによってだいぶ差異がある。
緊張した面持ちで、イザークが「先にポーションを作らせていただきたい」と申し出たので、カレンはそれを了承して先を譲った。
イザークが連れてきた錬金術師はポーションを作る用意をしていた。
素材からしてカレンの無魔力素材の石鹸ポーションのようだった。
カレンは思わず身を乗り出した。
もし、カレンのポーションを再現してくれるのなら――それならば、すべてを水に流す余地がある。
食い入るようにその錬金術師を見つめていたカレンの横を、カレンが連れてきた同行者が通り過ぎて前に出た。
何をするつもりなのか、と見ていたカレンの前で、カレンの同行者はイザークの錬金術師の腕を掴んだ。
「ちょっと失礼」
「な、何をする――!?」
「邪魔をするつもりか!」
動揺する錬金術師と悲鳴じみた抗議の声をあげるイザーク。
その時、錬金術師の男の手からはらりと、緑色の何かがすべり落ちた。
「今、世界樹の葉を入れようとしましたよねえ?」
床に落ちたのは世界樹の葉らしい。
世界樹の葉といえば、超高級にして稀少な魔力素材である。
「いっ、今おまえが紛れ込ませようとしたんだろう!?」
「ん~~~~?」
ユルヤナは帽子を取って男の顔をまじまじと見て、にっこりと笑った。
「あなた、どこの錬金術師です? この国の錬金術師ではなかったりします?」
「ぶ、無礼な! 私は王都の由緒正しき錬金術師だ!」
「おや。それはおかしいですねえ。Bランクの錬金術師の顔なら全員覚えているはずですが、あなたの顔に見覚えがありませんねえ~? 低ランクなら覚える価値なしとして覚えていないこともありえたのですが、そのブローチ、ミスリル製ですよねえ?」
カレンには銀とミスリルの違いがわからないが、ユルヤナいわく男がマントの胸につけたブローチはミスリル製らしい。
ミスリル製のブローチを付けているということはBランクの錬金術師であるはずだ。
「おまえが覚えていないだけだろう! それがどうしたっていうんだ!!」
「あなたが私が誰だかわからないこともおかしいんですよねえ。Bランクにまでなっておいて、私を知らない錬金術師なんて普通、いないので」
「おまえが一体誰だというんだ! ただのエルフだろう!?」
「エルフの……錬金術師?」
イザークが何かに気づいたかのように息を呑む。
ユルヤナの正体を察したらしいが、もう遅い。
一方、Bランクの錬金術師――のふりをする男のほうは、未だにユルヤナの正体がわからないらしく、焦りつつも戸惑いの表情を浮かべている。
ユルヤナはかなりの有名人だ。駆け出し錬金術師でもその存在は知っている。平民学校の授業で習うので、錬金術師でなくても知っていてもおかしくない。
それなのに、男は知らない。本当に錬金術について詳しくないのだろう。
そういえば、男が世界樹の葉を錬金釜に入れようとした瞬間、カレンはその姿を注視していたはずなのに、わからなかった。
手さばきが巧みすぎて、錬金釜に世界樹の葉を混入しようとしているとわからなかったのだ。
「……もしかして、錬金術師でもなんでもない、ただの手品師?」
「私もそう思いますよ」
全力で誤魔化しにくるだろうというのは、イザークがどういう手で来るか、考え得る可能性のうちの一つだった。
カレンはがっかりして肩を落とした。
せめて無魔力素材の石鹸を作れるようになってくれていたら、違ったのに。
少しは容赦しようかと思っていたけれど、これではダメだ。
ユルヤナはこちらを見ているだろう二人の高貴な人物に向かって、垂れ布越しに話しかけた。
「私はアースフィル王国王都の錬金術ギルドに籍を置く、Sランク錬金術師のユルヤナと申します。国王陛下、この男は錬金術師ではなく手品師で、こちらの商人は御前で詐欺を働こうとした犯罪者です」
ユルヤナは、何か起きた時に助けてもらうために呼んだ。
たとえばあちらが無魔力素材のポーションを作れるようになってしまった時には、カレンが逆に訴えられることがないように守ってもらうつもりだった。
高ランクの錬金術師の足を引っぱる行為は、重罪だから。
「この者たちからの言いがかりによる疑いを晴らすために、これ以上私の弟子が晒し者になり、手の内を明かす必要がありますでしょうか?」
そこまで言ってほしいとは頼んでいなかったので、カレンはドキリとした。
ユルヤナの声音には遺憾の意が滲んでいた。それはほとんど抗議だった。
「……まさか嫌疑をかけられた者がユルヤナ殿の弟子とは思わなかったな」
垂れ布越しに男の声が聞こえ、カレンは息を呑んだ。
カレンの立場では普通ならお目にかかることもない、王様の声である。
ヴァルトリーデの父親として想像していたより若く感じられる声音だった。
「これまで王宮錬金術師に乞われようとも弟子を取ることを拒んでいたというのに。何か心境の変化でもおありかな?」
「彼女の師になることには私にも学びがありますので」
「ふむ。将来有望な錬金術師のようだな――ベネディクタ」
「はい、陛下」
女性の美しい声がした。ヴァルトリーデが少し低めのアルトの声ならば、この女性の声は澄んだソプラノだった。
「私が知る限り、彼女はユルヤナ殿が初めて弟子にとった人間の錬金術師である。その者の時間をこのような馬鹿げた余興のために浪費させたことは護国妨害罪にあたりかねない。ベネディクタ、おまえは護国の妨害を誘引したのだ。何か申し開きはあるか?」
カレンは目を瞠った。
これからイザークの罪を挙げ連ね、国王に処断を願うつもりだった。
だが、カレンが何も願わずともイザークの行為に与えられた罪の名は考えていたより大きなもので、カレンはごくりと息を呑んだ。