窮鼠と子猫たち3 ハラルド視点
何が起きたのかわからず茫然とするハラルドを前に、ティムが叫んだ。
「あーっ! やっちまった! 話を聞き出さなきゃなんねーのに!」
ティムが手を引き抜くと男の体がべしゃりと床に落下して、ハラルドの前に落ちた。
ハラルドは動悸がして、視界の端が白くなった。
「魔力をこめると手加減ができないんだよなあ」
ティムが自分の真っ赤になった腕を見て「うえぇ……」と落ち込んだ声を出す。
だが、ハラルドの目にはそれすら呑気に見えた。
「お、お、おまえ、よくも、よくも……!」
もう一人の男がわなわなと震えながら顔を真っ赤にしている。
ハラルドはそれに恐怖を覚えなかった。
どちらかというと、恐怖しているのはその男のほうだった。
ティムがその男を見やると、男は「ヒッ」と悲鳴をあげてビクついた。
「なあおっさん、あんたら、裏社会の人間じゃねーよな。雇われた冒険者くずれだろ? おれ、冒険者くずれぐらいになら勝てるってめちゃくちゃ強い冒険者に言われてるんだ。おれが恐くないと思った相手なら、腕に魔力をこめて殴れば誰でも殺せるって……加減ができないから降参してくれねーかな?」
「どうして、どうして孤児風情が、そんな力を……!」
「冒険者街の孤児だから、らしいぜ。親が階梯を昇った冒険者だったんだろ」
ティムは、ハラルドにとってはあまりに羨ましい事実を他人事のように言う。
「諦めて降参してくれよ。カレン、人の死体見るの苦手なんだよ! だからこいつも早く片付けねーといけねーし、おまえと二人ぶん片付けるとなると、血がいっぱい出るし掃除が大変なんだよ!」
人を殺すのが嫌だとか、そういった倫理感は一切感じられない。
ティムの表情や仕草から、ただ面倒だと思っていることだけが感じられる。
カレンに対する配慮があることが、いっそ不思議なほどだった。
「ば、化け物め……!」
「いずれ冒険者になるおれには褒め言葉だな」
言葉通り、ティムは本当に得意そうな顔をする。
傷つけようと放った言葉を誇らしげに受け止められた残された男は、へなへなとその場に尻餅をついた。
ティムはその男を縄で縛ると、ハラルドを見やった。
思わずハラルドの体がビクつく。
ティムは一瞬足を止めたが、何も言わずにハラルドに近づくと縄から解いた。
縄から解かれたハラルドは弾かれたように立ち上がると便所に駆け込んで吐いた。
ティムはそれから、一人で誰かに連絡を取り、知り合いらしき男たちを呼び、亡骸を片づけさせ、捕らえた男をどこかへ連れて行かせ、汚れた床の掃除をはじめた。
ハラルドは収まらない吐き気に涙を流しつつ、ティムが働くのを茫然と眺めていることしかできなかった。
「ハラルド! ティム! 大丈夫!?」
「おれはへいき!」
「ティムはそうだね。ハラルドは……」
どこかから連絡がいったのか、カレンは昼過ぎに帰ってきた。
ハラルドも表情をとりつくろって答えた。
「僕も問題ありません」
「目が腫れてるよ。口も切れてるし……ごめん。わたしが煽りすぎたせいだ」
「カレン様は悪くありません!」
「そうだそうだ! 襲ってくるのが悪いんだ!」
罪悪感のにじむカレンの表情にどこか見覚えがあり、ハラルドは焦って言った。ティムもハラルドに同調するようにうなずいた。
それなのに、カレンは苦い笑みを浮かべたままだった。
「うん、でも、二人の安全対策を怠ったのはわたしだからね。……エーレルトの騎士はわたしのことしか守るつもりがないってこと、知っておくべきだった……」
「カレンについてる貴族の騎士がおれたちを守るわけがなくね?」
「それがあたりまえの考え方だから、わたしにあらかじめそれを伝えておく必要も感じなかったみたいだね」
カレンは苦笑を浮かべ、重苦しい溜息を吐いた。
「二人とも、危険な目にあわせてごめん」
「危険な目になんてあってねーよ!」
「うん。ティムがいてくれてよかった。でも……子どもに遭遇させていい状況じゃなかった」
カレンはティムのイカれ具合を知っているらしい。
それでも襲撃されるような状況にティムとハラルドを置いたことに、カレンは落ち込んでいた。
そこから続く言葉が予想できて、ハラルドは総毛立つ。
「これまで通りというわけにはいかないね」
カレンの言葉に、カレンのあとからやってきたサラとナタリアがうなずいた。
「潮時でございますね、カレン様。エーレルトが戦闘の訓練も積んでおり自衛も護衛もできるメイドをご紹介いたしますので、今後はこちらをお使いください」
「錬金術ギルドからも紹介できるわよ、カレン。上級錬金術師たちは多かれ少なかれ危険な目に遭うものだから、冒険者上がりのサポーターを紹介する冒険者ギルドと連携した制度があるのよ。Eランク錬金術師が使うには少し早いけれど、襲撃の前例があるから問題なく使えるわよ」
「それって、おれたちはもうお役御免ってことか?」
ハラルドが聞きたくてたまらなくて、だが恐ろしくて聞けなかったことを、ティムがあっさりと聞いてのけた。
サラとナタリアもあっさりとうなずく。
ハラルドは目の前が暗くなっていった。