お茶会販売会
「今日はよくぞ私のお茶会に来てくれた。皆がエーレルト領で私をもてなしてくれたお返しが少しでもできれば幸いだ」
会場は王宮の中の王女宮と呼ばれている場所だった。
王宮の中は広く、敷地の中にいくつもの建物があり、その中の一つがヴァルトリーデの王女宮だった。
王女宮だけでも貴族の屋敷ほどの敷地があって、しかもそこへ行くのにほとんど誰にも会わなかったので、王宮に入ったという感じがしないほどだった。
はじめての王宮入りに最初はドキドキしたカレンだったが、ヴァルトリーデに宛がわれた屋敷はエーレルト伯爵家よりは小さく、どこかみすぼらしく、閑散としていて、庭園には枯れ木がそのまま植えられていて、カレンのテンションは次第に落ち込んでいった。
明らかに打ち棄てられた建物にヴァルトリーデが放り込まれているのが目に見えて、カレンは内心涙を禁じ得なかった。
少ない調度品をやりくりし、数少ない招待客をもてなすためだけの用意をして、ヴァルトリーデは王女宮の応接室にお茶会の場を設けた。
ヴァルトリーデが招待したエーレルト伯爵家に連なる人々は、ほとんどが招待を受けてやってきた。
中には出席を見合わせる令嬢もいたものの、体調不良や予定など、本当にやむにやまれぬ用のようだった。
カレンはヴァルトリーデ側の雇われ錬金術師として参加している。
出席者の中にはペトラもいて、何となく気安く感じて近づくと、向こうも知り合いを見つけたという顔で話しかけてきた。
「今日のお茶会であなたの化粧品を販売するって聞いたわよ。あれ、ホントなの!?」
「はい、楽しみにしててください」
「やったぁ!」
自分のつくったポーションを楽しみにしてくれていると思うと悪い気がしない。
カレンは鼻高々に胸を張った。
「でも、血筋の祝福持ちの子どもたちのためのポーション分の魔力はちゃんと残しておきなさいよ」
カレンは微笑ましく思いながらうなずいた。
自分勝手な少女だが、家族思いだし子ども思いではあるのである。
「はい。魔力は意外と大丈夫なんですよ。むしろポーションをつくる手間暇で体力が消耗する方がきついくらいで」
「魔力量Dランクのくせに言うわねー」
これが普通の回復ポーションだったりすれば、こうはいかない。
無魔力素材のポーションは魔力の消費量が明らかに少ないのだ。
「では、カレンが私のために提案してくれた美容ポーションの数々を紹介させてもらおう」
すでにカレンのポーションの効果を知る令嬢たちは色めき立ってヴァルトリーデの説明に食いついた。
「エーレルトの方々がヴァルトリーデ様を誘わないのは、そもそもエーレルトの方々がパーティーをあまり催されないからみたいですね」
お茶会販売会は大好評のうちに幕を閉じた。
特に好評だったのは彼女たちが惜しみつつも手放すことになった白粉の代用品となるスパイダーシルクの白粉だ。
こちら、ポーションにもなっている。
ただのシルクにも紫外線を弾く効果があるしと思ってシルクスパイダーの糸に魔力をこめたところ、日焼け止めポーションになった。
しかも、師匠の教えを思いだして魔力でもって『変化』させたところ、ゴリゴリすりこぎで自力で糸を粉にしたときよりもきめ細やかな美しい白粉ができあがった。
ただ、シルクスパイダーは魔物で、その糸は魔力素材である。
無魔力素材とは違って恐ろしく魔力を消耗したので、図らずも数量限定商品となる予定だ。
「私の味方をしていたせいで、エーレルトそのものが側妃に目の敵にされているようだな……申し訳ないことだ……」
ヴァルトリーデが涙ぐんでいる。
化粧品ポーションを紹介、実演販売しながら令嬢たちから和やかに聞き出したところによれば、そういう側面もあるらしい。
「ヘルフリート様がユリウス様のご活躍を盾に王家から魔封じの魔道具を強請り取ろうとしたことが原因でそもそもエーレルトが避けられてるっぽいので、ヴァルトリーデ様だけのせいじゃありませんよっ!」
「はあ、そうだといいのだが……」
「それに、確かに側妃様に遠慮してヴァルトリーデ様を誘わないという動きはあるそうですが、そこまで強い逆風ではなさそうです」
カレンもペトラから個人的に聞き出したが、個人としては他領に親しい人もいるし、パーティーに呼ばれることもあり、排斥の動きはそこまで強大なものではないらしい。
国王にすら楯突くエーレルトということで遠巻きにされてはいるものの、同時にそれを可能にする功績をあげてきたことで、一目置かれている側面もあるという。
それに、ヴァルトリーデ以外の王妃の息子や娘たちはそれぞれの派閥を有していて、側妃やその子どもと対抗しているのである。
「ただ、あえてヴァルトリーデ様とお近づきになりたい特別の理由がないだけみたいですね。この美貌でも魔力量でもまだ足りないとは、貴族社会、恐るべし」
ヴァルトリーデは血筋の祝福の副作用を抑える方法を発見し、社交界に舞い戻った。
だが、誰もヴァルトリーデが社交界に戻り、何をしようとしているのかを知らない。
ヴァルトリーデ自身も戻りたくて戻ったわけでもないので、知るわけがないのである。
だから誰もが様子見しているのだそうだ。
ならば、ヴァルトリーデが何をしたいのかを見せつけるより他はない。
「その理由となっておくれ、カレン!」
「もちろんですとも。ヴァルトリーデ様にかこつけて、じゃんじゃんポーションを販売させてもらいますけどね!」
カレンは今、お金を貯めているのである。
ミスリル銀製の錬金釜の値段は、天井知らずである。
今以上に、取れるところからはお金を搾り取っていかなくてはならない。
「化粧品を売る際に、ヴァルトリーデ様の名前を使わせていただいてもよろしいですか?」
「もう使っているではないか?」
「化粧品ポーションを、ヴァルトリーデ王女ブランドとして売らせていただきたいのです。春夏秋冬のヴァルトリーデ様のお肌の状態に合わせ新しいセットを提案し、季節限定を謳い、お金のありあまった貴族のご令嬢やお肌の曲がり角に悩むご婦人たちに、次々と新しい商品を買わせたいんです!」
「何やら悪い企みのようだが、よいぞ。世話になっているしな」
けろりと言うヴァルトリーデの許可を得て、カレンは拳を空に突き上げた。
「稼ぐぞー! えいえいおー!」
「応援しているぞ、カレン」
「ヴァルトリーデ様のお名前を借りる以上、きちんとお名前代はお支払いします。ヴァルトリーデ様も売れれば売れるほど儲かります。他人事ではありませんよ?」
「そ、そうなのか? 名前を貸すだけで? しかも、何の影響力も持たない私の名だぞ?」
ヴァルトリーデは不思議そうに首を傾げる。
自分の名前に力があるとは夢にも思わないらしい。
だが、王女御用達しというだけで稼げるイメージがわくのに、当の本人がこの美貌だ。
ヴァルトリーデの名前で化粧品を売れば、化粧品のおかげでヴァルトリーデが美しくなったかのように人々は錯覚するだろう。
もちろん、カレンはそんなふうには言わないけれども。
広告モデルって、そういうものである。
「いざ、婚活開始ですよ、ヴァルトリーデ様! えいえいおー!」
「え、えいえいおー!」
カレンは金を荒稼ぎし、ヴァルトリーデは金を稼ぎながら結婚相手探しができる。
お客様たちは綺麗になれる、かもしれない。
これぞ商売の極意、三方良しである。
師匠を見つけ、金稼ぎの方法も見つけた。
このまま納品をつづければ、いずれ大手を振ってヴァルトリーデの推薦状を錬金術ギルドに提出し、カレンはDランクの錬金術師に昇級できるだろう。
錬金術師カレンの心に引っかかっている問題は、残すところ一つとなった。