終結
あれから10時間以上
私は
私たちは
信じられないような光景を目にしていた
ええ
これが
世界の終わり
そう言葉にしても、何の違和感もないと思う
その戦いにより、アルケイディアの城は、ほぼ全てが破壊されて、黒く濁った空がむき出しの状態になっている
私たちは、自分たちの周囲に防壁を張り巡らし、その戦いをただ呆然と眺めていた
天高く繰り広げられる戦いは、もうどこまでも壮絶極まりないものだった
行き交うその、相乗魔術すら超えた魔力の応酬
拳を交し合えば、それだけで爆裂する大気
私たちの想像を超えた長期戦
アルケイディアとの戦いにおいては、とにかくスピードが要求されていた
敵との魔力差は、それほどに絶望的だったからだ
故の短期決戦のはずだった
しかし、それを10時間
しかもお互いに、全力で魔力をぶつけ合っての10時間
もう私たちでは、到底計り知れない戦いだった
これでも私、エリス・フレシングは、数え切れないほどのモンスターと戦ってきた
植物系・獣系・物質系・エレメント系
果ては、ドラゴンなんてものまでも相手に戦い、そして勝利した
中には、悪魔のような形をしたものとも戦ったこともある
全てが命がけだった
ほぼ毎回、多大な犠牲が払われた
人間はそれほどに脆弱で弱い生き物なのだ
しかし、それでも勝利で終えていたのは、ひとえに人間に持つ知能の高さ故だったと思う
戦略、戦術、人員配置に物資管理
相手の弱点を探るための隊の選抜
その地の環境や、天候、もっとも適した時間帯等々
とにかく頭を使って知恵を搾り出しつつ、その場の敵を倒してきたのだ
戦略等を考案してきた私にとってその連戦は、揺るがぬ誇りとも呼べるものだった
しかし
こんなものを見てしまっては
今までの全てが無意味なんじゃ、なんて思わざるを得なくなっていた
なぜなら、その攻撃には何の工夫もない
本当にただの力任せ
ただ圧倒的な力と、ただただ無尽蔵な魔力のぶつけ合い
もう無茶苦茶すぎる
あまりに無茶苦茶すぎて、思考が追いついていかない
これが、本物の悪魔と魔人の戦いなのか
おそらく本来、これは神代まで遡らなければ、見ることも適わないほどの戦い
しかし私は、それを
そんな神々の争いを、今ここで
この目に、はっきりと映していた
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
世界が揺れる
その怒号だけで、世界が滅ぶのではないかとすら思われた
その声の主も、十分に世界を滅ぼしてもおかしくない姿かたちをとっている
全身が黒い肌の、背中には漆黒の翼の広げた
頭、肩、腕に肘に膝、それ以外のあらゆる所に角だとか棘だとかが生やし
口からも長い牙さえも覗かせた
まさに悪魔のような風貌
まさか、あれがあのサクヤだなんて、とても信じられなかった
対する、巨体ではあるが、ローブを身に纏っただけのアルケイディアの方がよほど人間に見えてしまうほどだ
しかも、その眼光には、唯一つ
怒りという感情だけが
ううん、違う
敵を殺したい、敵を葬りたい、なんてそんな恐ろしい本能が浮かんでいるのだ
「そんなの、似合わないよ。サクヤ」
そんな呟きは彼には届かない
サクヤはもうどこまでも悪魔なのだ
どこまでもどこまでも、私の知っている彼ではなくなっているのだ
「サクヤ...」
私の手の中には、サクヤから貰った一本の短剣
これがあれば、仮にサクヤが完全に悪魔化して暴走したとしても止めることができるという悪魔殺しの限定武装
神代の秘宝とも呼ばれる古の宝剣
「ぎゃははははははははははははははははははははっ!」
笑い声ともとれるサクヤの咆哮が響く
心から戦いを楽しんでいる...そんな声
そんな絶叫とともに、サクヤの右腕が振るわれた
その手には、聖剣であるはずのクラウ・ソラス
だが今は、もう
とてもそんな風には呼べないだろう
真っ黒な光を放つ魔剣
禍々しいまでの黒い刃
むしろ悪しき滅びの剣とでも呼んだほうがしっくりくる
そんな恐怖の幻想
それが縦一線に動いた瞬間
空気が、いや空間が裂けてしまう
なんてデタラメなんだろう
果たして、ただの人間にそんな真似ができるのだろうか
あのアルケイディアが、剣線そのものは何とか回避するものの、その裂け目に吸い込まれそうになってしまうほどだ
そして当然、そんなチャンスをサクヤが逃すわけがない
サクヤは、再びクラウ・ソラスを構え、トドメとばかりに、あのアルケイディアすら完璧に凌駕するほどの魔力を剣に込め始めた
だが、それでもアルケイディアはひるまない
「なああああめるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
空間の裂け目をまるで無視するかのように、その両手に、サクヤと同等か、それ以上の魔力を放出し始める
その二つは、この5時間ですでに圧倒的な魔力量に呆然としていたのが、バカらしくなるほどのものだった
もう一体この二人は、何なのだろう
どこにそんな力を溜め込めるというのだろう
もう、何も分からない
何一つ理解したくないくらいだ
「ぎゃはあああっ!!!」
「ぬおおあああっ!!!」
互い、今の私からすれば、もう無限とさえいえる魔力を放ち合う
その衝突に、大気が凄まじい音とともに激しく振動する
「きゃっ!」
「うっ!」
「おおっと!!」
その波動が大地をも大きく揺り動かす
あちこちで地割れがおき、嵐のような突風が私たちに襲い掛かる
もう二人の戦いに地上が、耐え切れないのではないかとさえ思えるほどだ
「ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
「うぐおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
でも、そんなことお構いなしに戦い続ける両者
もうこの二人の戦いこそが、世界を滅ぼしてしまうのかもしれなかった
こんなこと
こんなことのために
「くっ!」
そう考えてしまうと
私は
胸に中の短剣を、さらに強く握り締めずにはいられなかった
どうしようもなく、やるせなくなった
どうしようもなく悲しかったのだ
別に私たちは、世界を救うために戦ってきたのではない
そもそも、私たちは、そんな聖人君子などではない
むしろその逆のようなもので
私たちはただ、国を滅ぼされたことや家族を奪われたことに怒りを覚え
あるいは、単純に名声やお金なんかのために必死になり
憎い
許せない
認められたい
贅沢がしたい
欲望を叶えたい
そんな思いのためにここまでやってきてしまったのだ
ううん
でもそれだって、二次的なもの
それらは結局、本当の願いを叶える手段でしかない
私たちはただ
そう
ただ
ただ...
ただ幸せになりたかった
幸せになりたい、ただそれだけだったのだ
それだけのために、ずっと戦ってきたのだ
いつもいつも、笑顔でいたかった
いつもいつも、笑っていたかった
それなのに
それだけなのにっ!
「どうしてっ!」
「ねぇ、どうして、こんなことしてるのっ!?」
「ねぇ!」
「ねぇ!」
「ねぇ答えてよ!」
「ねぇってばっ!」
「サクヤっ!!」
「サクヤぁぁぁ」
「サクヤァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
そう、私が精一杯の声を張り上げた瞬間
凄まじいまでの光が世界を包み込み
両者の戦いは
音の消えた静寂の中で、その終わりを告げていた