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第七章 28

           28

 朝、リビングに入った塚本は、意識的にカミクズとの距離を二メートル以上離してしゃがんだ。


 果たして転がって来れるのか、その時を待った。


 ゆっくりだった。カミクズは、塚本の方にまっすぐに転がって来た。

 両掌に乗った。

 カミクズから横の丸みを帯びた尖がりは消滅していた。バラの花のような模様と五角形と六角形とジャバラ、榊コーポ一〇三号室に来て最初の変貌の時とほぼ同じになっているように塚本には見えた。


 十日余りの長い眠りで転がる運動機能もリセットされたのかも知れない。スラロームも描けなければ、ジャンプも出来なくなっているかも知れない。


 けれど、そんなことは、塚本にとってどうでもいいことだった。

 カミクズが、転がることを見せてくれたことだけで十分満足だった。


 午後の散歩の時間、塚本が玄関まで行くとカミクズが転がって来た。

「一緒に散歩に行くか?」

 塚本は、前かがみに聞いた。

 カミクズが、たたきに降りることはなかった。無理させない方がいいだろう。

「じゃあ、お留守番していてくれ」

 塚本が言うと、カミクズは、左右に揺れた。


 東三丁目公園、入り口を入り三番目のベンチに腰を下ろした塚本は、オムライス山を眺めながら、今夜、カミクズにいろいろ話してみようと思う。

結果次第で、再び、ひとりだけの日々をおくる人生になるかもしれないが、それも仕方ないだろう、と思う。


 夕食の後、塚本は、部屋の隅のカミクズの前に行き、両掌をカーペットの上に置いた。

カミクズが、転がって乗っかった。

塚本は、ソファまで歩き、低いテーブルの上に置いた。


 行方不明だった佐藤百合子が白骨で見つかったこと、牧田昇という以前付き合っていた男に殺されたこと、牧田昇は大型台風が近づいた日の夕方交通事故で大怪我をして入院したが、そこで、自分が佐藤百合子を殺したことを警察に話したということ、塚本は、カミクズから真実が聞き出せれば、と包み隠さず話したのだった。


 カミクズは、低いテーブルの上でとどまっている。塚本の言葉に耳を傾けているようでもある。

塚本は、聞いた。

「君は、佐藤百合子さんの霊だったのか?」

 反応はない。


「霊ならば、お姉さんの椎葉玲子さんの元に送るのが、私の責任であると思う」

 塚本は、言った。

 カミクズが、転がった。低いテーブルから落ちるようにして、いつもの居場所に転がって行った。

 椎葉玲子の元に返されるのが嫌だと主張しているだろうか?


 塚本は、しゃがみこんだ。

「佐藤玲子さんの霊ではないんだね」

 カミクズは、左右に揺れた。

「じゃあ、佐藤百合子さんの復讐のDNAを受け継いだ新たな生命体なのか」

 カミクズは、右に揺れたが、左側には、十分に揺れなかった。

答えをためらったようにも、一度はそうだと答えようとしたが、違うと揺れるのをやめたようにも見えた。


 塚本は、聞いた。

「君は、異世界から来た戦士なのか?」

 と。

 カミクズは、大きく左右に揺れた。

 

 塚本は、両掌を差し出す。

 カミクズが、乗っかる。

 再び、リビングの低いテーブルの上。

「この家で暮らしたいのか?榊コーポ一〇三号室で私と暮らして行きたいのか?」

 カミクズは、再び左右に大きく揺れ、低いテーブルの上を右に左に転がったのだった。




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