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第二章 2

           2

 紙くずが、困った行動をとるようになった。

「散歩に行って来るから、留守番頼むぞ」、塚本が、そんな言葉をかけて出て行こうとすると、玄関の上がり口まで転がって来るようになったのである。買い物に行く時にはそうしない。散歩の時だけそうするようになったのである。


 見送りをしてくれているのか、そう考えると嬉しい気持ちになったが、紙くずには、リビングを家にして欲しかった。塚本は、そっとすくいあげ、いつもいる、場所に置いて、両掌を前に伸ばした。

「お留守番、頼むな」

 と。

 紙くずは、塚本の言うことを聞いてくれ、追いかけることはしなかった。

 

 塚本は、念のため、ベッドルームに通じる唐紙を閉めて散歩に出掛けた。


 塚本が希望した紙くずのリビングでのお留守番は、二日しかもたなかった。

 三日目には、あがり口にとどまらず、下のタタキに落ちたのだった。

 明らかに、一緒に散歩に行きたいという強い意思表示である、と塚本は思った。だが、紙くずを連れて散歩に行くわけにはいかない。


 紙くずジイサンと奇異な目で見られるのも嫌なことである。公園までは舗装された道だが、汚れるのは確実である。長い距離を転がっても破れることがないまでに変質出来るのか。見た目だけで言うならば、公園に着くまでにボロボロになってしまいそうである。

 

 塚本は、タタキに落ちた紙くずを両手で掬い上げると、指定席の部屋の隅まで運んで「待て」と両掌を広げて前に突き出した。前の二日のようにうまく言うことを聞いてくれなかった。

 塚本の後を追いかけ、また、タタキに落ちるのだった。

「頼むから言うことを聞いてくれ」

 塚本は、玄関とリビングを再び往復することになった。さらに、もう一度。


 散歩に出掛ける前の玄関とリビングの三度の往復、数日間に渡って、これが繰り返された。

 

 紙くずの行動は何を意味しているのだろうか。塚本は散歩のコースを歩きながら考えた。この日の紙くずは、タタキに落ちた後、ドアを開ければ廊下に転がり出る位置に止まった。どうしても、部屋の外に出たいという意思表示に思える。


 紙くずの目的は、なんだろう。一緒に散歩したいからと考えるのは、余りに自分に都合のよい考え方でないだろうか。自由を求めて、どこかに転がって行きたいのか?

 

 寂しさを味わうことになる。でも、このまま、毎日玄関とリビングを往復するのは、紙くずに対して心苦しくもある。

 

 塚本は、夜のひととき紙くずに話をした。

「君がこの家に暮らすようになって、僕は、毎日楽しい気分になっている。一緒に散歩に出た時に、君がいなくなるのが心配なんだよ。いなくならないって約束してもらえるかな?」

 

 長椅子のソファの上の紙くずが、バラの花の部分を上にした左右に揺れた。

 左右に揺れるのは、「イエス」とか「分かった」という返事として間違いないのだろうか?

 自信が持てなかったが、左右の揺れを信じることにした。

 紙くずジイサン、覚悟しよう。塚本は、苦笑した。


 だけど、奇異の視線ばかりでなく、「これ、何ですか?」などと質問して来る人もいるだろうな。これについては、対策を講じる必要がある。

 塚本に考えられる方法はひとつだった。公園で拾って来た日にさんざん疑ったリモコン操作で動く紙くずだった。


「根負けしたよ。一緒に散歩に行こう。だけど、人からなんで動いているのかとか聞かれる心配がある。君は僕が発明したリモコンで動く玩具だ。リモコンに詳しい人間からしたら、おかしな答えになるかも知れないが、僕は世紀の発明家ということで切り抜けよう」

 塚本は言った。

 

 部屋の隅の紙くずが、左右に揺れることはなかった。


 


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