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第二章 1

           1

 胸のドキドキが、はっきり感じ取れた。

 紙くずは、リビングの隅から中央部に移動していた。だが、塚本に声をあげさせたのは、動いたことより、紙くずの変貌だった。

 

 ただ、驚きは大きかったが、不思議と怖さは感じなかった。


 塚本は、壊れ物を扱うように両手で紙くずをすくい上げ、全体を眺めた。


 ほぼ球体の大きさに変化は余りないが、表面が、人間が意図的に作ったようにデコボコや折り目をつけたものになっている。ある部分は、バラの花びらを連想させ、ある部分は五角形やら六角形のへこみが作られている。少ない面積だが、蛇腹じゃばらのところもある。

メチャクチャに作られたとも言えるが、これは芸術品なのだ、と言われれば、頷く自分もいる。


 一晩でここまで変貌した。さらに驚くべきは、単純に丸められた時の元の折り目の筋がどこにもないことである。形状記憶の材質で出来ている?それにしても、筋は残るだろう。

信じられない。今、両掌に乗っている物の材質はあくまで紙だ。感触が、それである。内部は、空洞と思える軽量さである。


 超常現象、という言葉が、昨日よりさらに力を増して塚本を支配していたのだった。


 紙くずをそっとカーペットの上に置くと、コロコロと転がって、リビングの隅に行った。形の変貌があってもバランスのとれた転がり方は昨日と同じだった。

「そこが、君のお気に入りの場所なのか?」

 塚本は、ペットに語りかけるように言っていた。

 

 塚本は、この不思議さを素直に受け入れるのもいいのではないか、と思った。毎日の平凡な日々から脱却して不思議な世界にいざなわれるのも刺激があっていい。生きる活力が、湧いて来そうだ。

 そう考えると、楽しい気分にもなった。

 

 変貌したその日、紙くずは、塚本が見る限りにおいて場所を移動しなかった。リビングの隅で、じっとしていたのだった。

 

 反応があったのは、寝室に行く前に「おやすみ」と塚本が言った時だった。呼びかけに応えるように紙くずが左右に揺れたのである。

 

 公園での揺れ方とほぼ同じだった。本当に言葉を理解出来るのだろうか。そんなことを考えながらベッドに入った。そうして、じっと聞き耳を立てて時間を過ごした。少なくとも、彼の感覚の中では蛍光灯の紐を引っ張り、時計を見た午前二時までガサッ、ガサッという音は聞こえて来なかった。さらに三十分は眠らなかったと思うが、音はなかった。


 翌朝、リビングに行くと部屋の隅で、昨日のままの形で紙くずは、塚本を迎えたのだった。

 

 その次の日も同様だった。変貌しなかった。ただ、気まぐれに転がることがあった。部屋の中を転がって紙くずは必ず部屋の隅に戻った。

 

 遠隔操作という考えが塚本にのぼることはなくなった。劇的な変貌から、あくまで、超常現象の成せる技ととらえたのだった。加えて、紙くずに対してより生命を感じるようになっていた。眺めていると、心臓の鼓動をさえ感じるような気分にもなった。

 超常現象によって現れた生命体、が最も的確な表現に思えて来るのだった。


 それでも、研究所にいた人間としての考察力は働いた。

 紙くずが見ることや聞くことが出来るのかをカーペットの上に障害物を置くことで試したのだった。電気器具が入っていた段ボールの箱を置いて、「おいで」という言葉と手招きを一緒にして部屋の隅にいる紙くずを呼んでみた。何度目かに、少し時間をおいてだが、紙くずは、斜めに転がり障害物を越えたところで一度止まり塚本の方に転がって来た。そして、同じような動作で元の居場所に戻っていった。


 「おいで」だけの言葉だけで試してみる。少しの間をあけて転がって来た。

 見ること、聞くこと、は出来る。ペット並みの能力は十分にあるように思えた。それどころか、超常現象で生まれたものなら、もっと高度な人間の言葉や気持ちを理解する能力が紙くずの中に秘められているのではないかという期待が生じた。 


 塚本は紙くずをリビングのテーブルの上に置いて、自分が、東京で生まれ育ち、現在七十四歳になったこと、大学で電気工学を学び、中堅どころの家電メーカーに就職して研究所に配属されたこと、なんとなく、家庭を持たないでこれまで来てしまったことなどを静かに話した。


 話終わった時、紙くずは、テーブルの上を横に転がった。

 塚本は慌てて掌で前をさえぎり、カーペットの上に紙くずを置いた。紙くずは部屋の隅に転がって行った。

  

             

            


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