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第一章 4

           4

 紙くずが転がった。三十センチも塚本の眼下で転がったのである。

 ゆっくりとした転がり方だった。

 頭の内部が、混乱するのを塚本は感じた。


 いつだったか、認知症の一種に幻覚を見る症状をきたすものがあるというテレビ番組を塚本は思い出した。

 「部屋の壁を蜘蛛が這っているのが見えるんです」と、テレビの中の顔の輪郭を隠された老人は言った。自分は正常と思っても正常ではないのかも知れない。


「塚本さんは、幻影を見ているのです。紙くずなんて存在しないんですよ。感触も気のせいなんです」今、誰かが、そんな言葉を言ったら、真に受けてしまうかも気がする。

住所、東京都**区**3丁目16番地5号

 電話番号    ***-****

 生年月日    一九***年七月十五日

 塚本は、早口で、腕や足が痺れた時に行う自己流脳梗塞チェックを行っていた。よどみなく言えた。

これだけ、正常に反応しているのに、痴呆になっているとは信じられない。


 やはり、動く仕組みが、紙くずの中に仕組まれている。塚本は、カーペットの上に紙くずを置いたまま指先で慎重に紙を広げようとした。開くことが出来なかった。薄紙が、金属のように塚本の力に抵抗する力が働き、広げさせないのだった。


 手を放すと、紙くずは、部屋の隅まで「動いてごらん」と言った時より、さらに速く転がって行った。壁にぶつかることなく、止まったのである。


 衝突防止のセンサーが働いたとしか考えられない止まり方だった。


 機械と生き物が合体した何かに思えて来る。


 塚本は、「おいで」と掌の甲を上に紙くずに向かって手招きした。

 紙くずは動かなかった。

 

 超常現象という言葉が、七十四歳の塚本の頭の中に浮かびあがった。超、常、現、象、四つの文字が、これが真実なのだ、と言っている。


 ずっと否定して来たことをこの歳になって信じろというのか?だが、塚本にそんなことを考えさせるパワーが、部屋の隅に転がって行った紙くずにはあった。


 さてどうするか。


 塚本はソファの長椅子に腰をおろした。「捨てないよ」、公園で発した言葉が、再び塚本の頭の中に蘇る。とんでもない約束をしてしまったことを後悔した。


 落ち着け。ここは、冷静になって、平常心に戻ることだ。まあ、危険な仕掛けがなされているとは思えない。様子を見ることにしよう、と思う。


 塚本は、前日、図書館から借りて来た本を本棚から取り出した。

 エッセイ集だった。まだ、三十代前半の書き手だが、感性が鋭く実に文章が巧みである。一時間ばかり、文章を読んだ。その間、数回紙くずに視線を投げたが、彼の視界の中で転がることも揺れることもなかった。

 

 本を閉じた塚本は、ふっと思った。事実を事実として受け入れたらどうなるのだろう、と。


 動いてごらん、という言葉に反応した。あれが、たまたまでなければ、言葉が理解出来る紙くずとなる。ペットより楽しいではないか。ただ、それには、条件がある。世の中には科学では割り切れないことが存在するということを受け入れる必要がある。自分にそれが出来るだろうか。 

 

 塚本はパソコンに向かった。念のためにリモコンで動く紙くず、或いはそれに似た物が存在するのか、を調べようと思ったのだ。

 すぐには、検索窓に言葉を入れられなかった。


 メールを先に見る。アドレスを交換しているのは数人、滅多に来ることはない。この日も、スパムめいたメールしか来てなかった。

 さらにインターネットで、新聞には書かれていないトピック的な記事を読む。その幾つかを読んだ後、彼は検索窓に向かって「紙くず、遠隔操作」と入れてみた。どちらかに関連する情報は出て来るが、ふたつを関連付けたものは出て来なかった。

 

 紙くずが、そっと動いている?そんなわけないよな。振り返り紙くずを見るが、動いた形跡はなかった。




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