題四章 15
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「野良猫とかが、歩いていたのかな。私は、駅前でペットを襲うカラスがいるのて注意するようにという市役所のチラシで知ったのですが、住宅の屋根に間違いなくそれに違いないのが止まっているのを見たんですよ。あたりの空気が変化した感じがしました」
「空気が変化した感じですか?おっしゃっていること分かります。私の場合は、顔から首筋にかけて、空気が震えるような感覚があって。凶暴カラスという言葉から来る恐怖がそうさせたんだと思ってました」
「本当にそんなパワーがあの鳥には存在しているのかも知れません。
塚本は言った。
凶暴カラスでもなく、痩せたカラスでもなく、あの鳥と塚本は表現した。言ってから、自分の心は、ほんのいっとき、自分は現実の世界とは違う世界を見ていた、と思った。
いけない。非現実な世界に誘ってはだめだ。塚本は自分に言い聞かせる。
「鳥とおっしゃいましたが、カラスですよね?」
田中君のママが、言った。
「ええ、まだ、成長過程のカラスかも知れませんね。どんな生物学的メカニズムか分かりませんが、突然変異で攻撃能力の部分が異常なまでに発達しているのかも知れません」
「僕もミターイ」
田中君が言った。
「見ない方が、いい。そろそろ、私は失礼します。君は、サッカーも勉強も頑張って」
塚本は、ソファから立ち上がった。
「素晴らしい発明品、見せていただきありがとうございました。あっ、ちょっと待っていただけます?」
デパートの小さな手提げの紙袋を持って来ると、
「恥ずかしいですけど」
と、田中君のママは、自分が翻訳したミステリーを塚本にプレゼントした。
「なんて言いながら親類の人にも配ったんだよね?」
「余計なこと言わない。サイン入りです」
田中君のママは、頬を赤らめて手提げの紙袋を差し出した。
「お母さんも素敵な翻訳をなさってください」
「頑張ります」
「下まで送る」
田中君が、マンションの出入り口まで付いて来る。
「じゃあね」
「ママにカミクズ見せてくれてありがとう」
「うん、喜んでもらえたかな?」
「絶対喜んだと思うよ。カミクズ、ケースに入れたまま?転がさないの?」
「今日は、たくさん転がしたから、帰りはお休みさせる。さよなら」
「さよなら」
右手に田中君のママからの本が入った手提げの紙袋、左手にペット用ケースをさげて塚本は、通りの信号をめざして歩いて行く。
信号を待っている時、カミクズが、ペット用ケースの中で音を立てた。
「信号を渡ったら出してやるから、待っててくれ」
塚本は、答えた。
「お願いだ。もう寄り道しないでくれよ」
そう言って、ペット用ケースの扉を開けた。今度は、素直に後に従ってもらえた。榊コーポに無事に到着した。




