第三章 6
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手すりに乗った黒い影が曇りガラスの向こうに映っている。羽を少しだけ、開き、閉じる。
ゴンジロウが、ガラス戸の傍までトコトコ歩いて行った。
羽音が、聞こえた。鳥は、ベランダのコンクリートの床におりた。
クエエッ、喉を締め付けるかの鋭い鳴き声。
ミャッ、
ペット用ケースの中で、ファンシーな猫が、不安げに鳴いた。
「アッチに行きなさい」
平田さんが、ガラス戸をガタガタとする。すぐガラス戸を開けなかったのは、平田さんも鳴き声に不気味さを感じたからに違いない、と塚本は思う。
飛んでいかない。
クエエッ、クエエッ、クエエッ。
「もうっ」
平田さんは、怒りをあらわにダイニングに行き、小振りなボールを片手に持って戻った来た。
そのまま、ガラス戸を開けると、カラス、と言い、バシャッと水を浴びせかけたのだった。ようやくにして、鳥は飛び立っていった。
「どんな鳥でした?」
「私にはカラスに見えたけど、随分、痩せて見えた。痩せたカラス。だけど、本当にそうだったのかしら?思い出すと、違う鳥のようにも思えて来た。目がね、カラスじゃなかったような。ぞくっと来るような怖さがあった気がします」
やっぱり、あの鳥だ。痩せたカラス、的を得た表現に思える。
「空気が震えるみたいなもの感じませんでしたか?」
「夢中だったから、分からないけど、言われると感じたかも。やだ、不気味で恐ろしい鳥に思えて来るじゃないですか」
そう言って、平田さんは、キッチンに水を入れていたボールを置きに行ったが、途中、「塚本さんは、迷信とか信じる方ですか?」と聞いて来た。
「迷信ですか?」
即答が出来なかった。カミクズを公園で拾う前だったら、「信じませんねぇ」と答えるに違いなかった。けれど、今は、カミクズを科学では割り切れない超常現象の産物として受け入れているのだ。以前のように全く否定することは、カミクズに対する裏切りに思えた。
「ええ、迷信の類と言ってもいいかしらね。占いとか」
言いながら、平田さんはリビングのカーペットに座る。
「そうですねえ、自分では、迷信に溺れる人間ではないと思ってますけど、占いとなると、『今日は、人とのトラブルが起きやすい日です』なんて読むと、人と話す時に注意するなんてことが過去にありましたから、うーん、どうなんでしょう?」
塚本はカミクズを眺めながら曖昧な答え方をした。
「私もね。迷信とかは、信じない方だと思うんですけどね」
どうも、平田らしくない歯切れの悪さである。何か、あったのだろうか。気になることを言おうかどうか迷っている風でもある。




