第三章 5
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「びっくりすること請け合い。開けますよ」
ゴンジロウが鳴きながらペットケースに近づいて来る。
「ゴンジロウ、ちょっと、離れてちょうだい。アンタが、此処にいたら、だめなの」
ゴンジロウは、ニャアと鳴いて動かない。
「しょうがない。ちょっかい、出しちゃいけませんよ」
「どんなネコちゃんなのかな」
平田さんと向かい合う塚本も前屈みに扉が開かれるのに注目する。
「おいで」
ネコは、すぐには出て来なかった。
平田さんは、手招きした。
ネコの姿に塚本は、アアッ、と驚きの声をあげていた。
子ネコをようやく脱却した大きさだったが、ピンクに少しの白を織り交ぜた長い毛並みを有したネコだった。
平田さんは、新たなネコを抱き上げ、膝の上に置いた。
何と、ピンクの毛色とは。それも、ピンクは薄いピンクではない。
派手な濃いピンク色なのだ。
くるりとした瞳が、何とも可愛い。ファンシーなネコ、さっき平田さんは自分で言って笑ったが、なるほどファンシーという表現はあたっていると塚本は思った。
「ペルシャネコですか。いや、ネコの種類に詳しくないので、シャムネコは毛が短い、ペルシャネコは毛が長い、としか私は言えないんですが」
「この色合いを別にすれば、系統的にはペルシャだと思いますよ。ずっと前に、私、ペルシャの一種でチンチラシルバーというのをペットショップで見て、こういうの飼いたいと思ったことあったんですけど、ゴンジロウが、『おばさん、俺を飼ってくれよう』と現れちゃんたんで。ゴンジロウ、お前は運がよかったのよ」
と、新たなネコを近くから見つめるゴンジロウに平田さんは、語りかけた。
自分が呼ばれたと錯覚したわけではないだろうが、ゴンジロウが、にじり寄って来た。
ニャアと鳴いて平田さんの膝に前肢をかけると、首を伸ばした。
平田さんの腕に抱かれたファンシーな猫が、四肢を動かして、暴れる。
「ゴンジロウ、怖がるからだめよ」
すると、次の瞬間、ハンカチの上のカミクズが、転がって来た。
カミクズの動きに気づいたゴンジロウが、飛びのくように離れた。けれど、今度は、先刻ほど距離を置かない位置で止まった。カミクズ自体に少し慣れたのかも知れないし、ゴンジロウの気持ちの中で、新しいファンシーなネコに近づきたい、でも、カミクズは怖い、という葛藤した結果の距離とも塚本には思えた。
平田さんは、このネコをペットショップで購入したのだろうか。それとも、誰かから譲り受けたのか、塚本が聞こうとした時、ベランダの方から鳥の鳴き声がした。
クエエッ、クエエッ、カミクズと散歩中に現れたあの鳥に違いない、と塚本は思った。
クッエエエッ、
喉を振り絞るような鳴き声。ベランダにいるのだろうか。随分近くに聞こえる。
あの鳥だ。カミクズとの散歩中に現れたあの鳥に違いない。
塚本は思った。
「何か、気持ち悪い鳴き声ね。ちょっと、入っていてね」
ファンシーなネコをペットケースに入れると、平田さんは、厚手のあずき色のカーテンを勢いよく横に引いた。




