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第一章 2

            2

 エイヤ、エイヤ

 甲高い声が聞こえた。

 通りの側の公園の入り口から、幼児がこちらに向かって歩いて来る。後ろに母親の姿がった。

 エイヤ、エイヤ、エイヤ、エイヤ

 幼児が、声を出して近づいて来る。

 全くの反射的行為だった。

「ゴミ箱には捨てないよ」

 塚本は、生き物であるはずがない紙クズに語りかけ、それを拾いあげるとジャケットの大きなポケットに入れていた。


 子供の後ろからついて来る母親と視線があった。

 ポケットの中に入れた白い物が紙くずと分かったろうか。変なおじいさんと思われたかも知れない。

「こっちよ」

 母親は、幼い息子に声をかけて歩く方向を変えさせたのだった。


 公園を出て家路に向かう塚本の胸の内は、複雑だった。

 紙くずを拾って帰るなど普通に考えれば有り得ないことである。だが、今、ジャケットのポケットに収まっている物は、先刻、掌の中で蠢いたのだ。掌の中の感触を思い出そうとする。拾いあげた時は、確かに紙の感触だったが、掌の中で蠢いた時も同じだっただろうか。違ったような。

落としたままにすればよかった、という気持ちになった。

 

また、蠢くのではないか、と塚本は、ジャケットのポケットに感覚を集中させながら、ふたつの角を曲がり、家に続く道に出た。

塚本の家は「榊コーポ」にあった。築七年、塚本にとっては、親元を離れて、ひとり暮らしをするようになってから、三度目の家だった。


二階建てで六所帯が入れる重厚さが溢れる建物だった。

大家は、隣の駅近くに住んでいる山本さんという人である。八十歳を過ぎた老人は、喫茶店で部屋を借りようとする塚本に言った。

「不動産屋は、あなたが、年齢がいった独り者であることに本当にいいんですか?なんて言って来たけど、問題ないと答えました。榊コーポは、タケノコのように出来るワンルームマンションに対抗する意識をもって建てたものなんですよ。六所帯しかないのに、リビングは、十畳の広さがある。防音もしっかりしてるし、ドアノブなんかも真鍮の金属加工を施した物を使って高級感を出しています。その分、家賃は、少し高くなっております」と。


山本オーナーの言葉は、嘘ではなかった。とに角、安っぽさのないコーポだった。

入り口は、コンクリートの屋根がせり出していて、両端を中央部が膨らんだ太い柱が支えている。世界史でエンタシスという様式があるが、それを連想させる形だった。


手動のドアと自動ドアが取り付けられている。


塚本が暮らすのは、一〇三号室、一階の一番奥の部屋である。






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