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第三章 3

          3

 平田さんの家に新たなネコが加わった。

 この日、散歩の途中で、雨が降り出して、カミクズをペット用ケースに避難させることになったのだが、榊コーポの前まで来た時、やはり、ペット用ケースをぶら下げ向こうから歩いて来る平田さんの姿を認めたのだった。


 塚本が真っ先に思ったのは、ゴンジロウの病気だった。

 獣医さんに行っての帰りではないかと思ったのである。

 塚本は、榊コーポの前で平田さんを待った。

「ゴンジロウどうかしましたか?」

「家にいますよ。ああ、これっ?」

「ええ」

 と言う塚本の声に別の声が重なった。

 ミャー、ミャー、という頼りなげな猫の鳴き声だった。

「ゴンジロウじゃないですよね?」

「違いますよ。ゴンジロウは、こんな可愛らしい声出しません。別の猫」


「もう一匹猫を飼うんですか」

「ええ、飼うんです。散歩からお帰りになったんでしょ?中に入っているのは、あの転がる紙くずですよね」

「はい。カミクズです。ああ、まだ、平田さんには、言ってませんでしたね。カタカナでカミクズと書くのをこのリモコン玩具の正式名称にしました」


「玩具メーカーが承諾しないんじゃないですかあ?」

 田中君と同じことを平田さんは言った。

「承諾させます」

「ウーン、塚本さんって、やっぱりちょっと変」

 平田さんは笑った。


「そうかなあ」

「言い換えれば個性的。ちょっとお時間あります?」


「はい」

「うちでひと休みしていってくださいよ。実は、スッゴイ珍しい猫がこの中に入っているんですよ」

「スッゴイ珍しい猫ですか。そう言われると見たくなりますけど、ひょっとして、オスの三毛猫とかでしょうか」

「いえ、もっとファンシーな」

「ファンシー?」

「アハハッ、私とは思えない表現してしまいました。お部屋でお見せします」

 

 平田さんは、先に立って、榊コーポの中に入って行く。

 一〇一号室のドアを開かれると、ゴンジロウが速足で出て来た。

 スリッパを履く塚本のズボンの裾に頭を擦り付けて、ゴンジロウは親愛の情を示す。


 平田さんの家も洋間をリビングに使っている。

「ちょっと、手を」

「ああ、どうぞ、どうぞ」

「すいません」

 塚本は洗面所で入念に手を洗う。うがいまでは、出来ない。


「どうも」

 ダイニングで包丁を持つ平田さんの背中に声をかければ、

「ソファの長椅子の方に掛けていてください。おいしい羊羹が丁度あったから」

 という言葉が返ってくる。

 

 黄緑色のカーペットが敷かれたリビングには、三人位がゆったり座れる長椅子のソファとひとり用ソファがコの字に置かれている。

 塚本は、カミクズを入れたペットケースを近くに置くと、長椅子のソファに座る。

 真正面に大画面のテレビがある。その横に置かれた平田さんがさげていたペット用ケースの前でゴンジロウがうろうろしている。

 

 中をうかがい出した。

「ゴンジロウ、びっくりするような猫ちゃんらしいぞ」

 塚本は言った。 


 ニヤァ

 ゴンジロウは、言葉が通じたみたいに、振り返って鳴いた。

 

 すぐに、視線を元に戻し、右の前肢を振り上げ、ペット用ボックスを叩いた。

 ミャアというか細い猫の鳴き声が、聞こえた。

 大丈夫なのだろうか、と塚本は思った。

 

 平田さんは、ゴンジロウのことをとても賢い猫だと話すが、今度の猫が珍しいからと言って、ことさらに可愛がったりすれば、ゴンジロウとて面白いはずがない。嫉妬にかられて虐めちゃうなんてことが起こらなければいいが。


「ゴンジロウ、そこから、離れなさい」

 リビングにお茶と羊羹を乗せたトレーを持って入ってきた平田さんが、ゴンジロウを叱るように言った。

 

 ゴンジロウは、ニャアと鳴いて、平田さんの足元に歩み寄る。視線はトレーを見あげている。


「お客様が先」

 平田さんは、ソファの前の低いテーブルのガラス板の上にふた切れの羊羹を載せたお皿と日本茶を置いた。

 

 ゴンジロウは、自分にも食べさせろ、とばかりに平田さんの顔をに向かって盛んに鳴く。

「羊羹よ。この前、小さなモナカ残しちゃったでしょう」

 ニャア

「分かった。分かったから、残さないで食べるのよ」

 

 平田さんは、ラップの上にひときれを乗せてカーペットの上に置いた。ゴンジロウは、羊羹にかぶりついた。


「どうなんですか、カミクズの仕上がり具合は?」

「順調ですよ。でも、理想にはまだまだですかね。お見せしますね」

 塚本は部屋の隅に置いてあるペットケースに向かった。




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