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第三章 1

           1

 五月の下旬に入った時期である。

 クワワァ、クワワァ

 塚本には、そう聞こえた。未だかつて耳にした経験がない鳥の鳴き声だった。

 

 上の方から降って来た感じがした。方向は分かる。道の向こう側の住宅の上からだ。嫌な鳴き声だ、塚本は思った。

 

 クエエッ、今度は、短く喉が締め付けられるような鳴き声だった。塚本は、反射的に、首を鳴き声の方に曲げていた。クエエッという鳴き声と同時に空気の細かな振動を顔に感じたのだ。


 向こう側の家の一階の飛び出た三角屋根にカラスが一羽乗っかっている。

 カラス?

 塚本は、カラスの周囲や空を見渡した。何故なら、さっきの鳴き声が、到底カラスには思えなかったからだ。


 だが、他にどこかに止まっている鳥も飛んでいる鳥も見えなかった。


 クェェッ、塚本の視線の中でカラスは、鳴いた。またしても、顔に微細な振動が襲いかかった。不気味だ。


 塚本は、頬をこすると、歩みを進めて屋根の上に止まるカラスを角度をつけた状態で眺めた。まだ、成長過程の幼いカラスなのだろうか。カラスにしてはやけに細い体をしている。でも、間違いなく全体的印象は、カラスなのである。

 

 カラスは、羽を広げ、首を伸ばすようにして、クェェッ、っと鳴いた。自分を取り巻く空気がざわつきが、さらに増幅したように感じた。

 カラッカラッと足元で音がした。カミクズが、転がったのだ。細い体形のカラスの狙いが自らにあるのをキャッチしたのかも知れない。


 塚本の記憶の中に、カラスは凶暴さを秘めた鳥であるという認識があった。それは、遠い昔、教科書を入れた鞄をタスキ掛けに、中学校に向かう道すじで起こったことだった。

 急に大きなカラスが、空から舞い降りてきて、数メートルほど先を歩くネコの頭上でパタパタと羽ばたいたのである。爪が猫の頭をひっかいたように見えた。


 ネコは慌てて走り去った。カラスは道に舞いおり茶色い物を咥えて頭上を飛んでいった。餌をほぼ同時に見つけ、一方は陸から、それぞれが自分の物にしようとした結果と思えたが、この出来事は中学生の塚本に、カラスが猫を襲った事件として記憶にとどめさせたのである。


 塚本は、しゃがみ、地面に掌をつけた。カミクズは、素直に乗っかった。


 カラスは羽音をたてて飛び去って行った。

 塚本は、歩道のある広い通りまで掌で包み込むようにカミクズを運んだが、そこでカミクズが降ろしてくれと言わんばかりに蠢いた。


 地面に下ろすと同時にカミクズは、転がって見せる。


「カラスにしては体が細かったな」

 塚本は、心の中で言った。


 それにしても、あの鳴き声、さらに、空気の微細な震えは、何だろう。まさか、カミクズが、呼びこんだものではなかろうが、公園の中に入っても不気味な感じは消えなかった。

 

 夜中、塚本は、ガサッ、ガサッ、というリビングからの音を聞いた。


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