Ⅱ部 第三章 1
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塚本さんの散歩が、夏のコースになった。通りではなく住宅街の細い道を歩いて公園に行き、同じ道を戻るというというものだった。
転がる距離は、ずっと短くなった。時間も変更されて、夕方の五時半頃に出かける形になった。
何故か、塚本さんの斜め後ろを転がりながら[私]は、どこかの家の庭に入ってしまえば、塚本は、容易に[私]を見つけられないだろう、とかこの狭い道を転がって行けば、表の広い道に出られるのだ、と思った。
夕方の公園は、昼間より会う人の数は多かった。
時折、複数の人から転がして欲しいと塚本さんはリクエストされることがあった。[私]は、塚本さんのリモコンの動きにあわせて転がる演技をしたが、技を見せるにしても大きめのスラロームをする位だった。[私]が複雑な動きをすればするほど塚本さんも手作りリモコンの動きを複雑にしなければいけなかったからだ。
夏のコースになっても、「イクノダ」という声が、なくなることはない。
[私]の内部で男の太い声が反響すると、ベンチに座る塚本さんの足元にいる[私]は、オムライス山に向かって勢いよく転がって行く。
石壁に沿って転がる[私]に「イクノダ」という声。ひょっとすると、「イクノダ」というその声自体にパワーがあるのかも知れない。
そうでなければ、姿を見せない声の主に訓練の成果を披露したい[私]がいるのだろうか。転がるスピードが、自然とあがるのだ。
塚本さんは、心配なのかベンチの傍らで立ちあがって[私]を出迎えるが、夕暮れの中で「速いな。絶対に追いつけない」と言った。
塚本さんの表情が、不安そうにも寂しそうにも見えた。
痩せたカラスとの戦いの時は、前触れもなく突然やって来た。
塚本さんは、ソファに座り本を読んでいた。
[私]は、指定席の部屋の隅にいた。
「こらっ、やめなさい。―――シッ、シッーーー向こうに行って」
甲高い平田さんの声にクエエッという痩せたカラスの鳴き声が、
覆い被さるかに聞こえて来た。
立ち上がった塚本さんは、玄関に向かう。
レン、[私]の中にピンクの美しい毛並みのネコの姿が浮かびあがる。
助けなければ、[私]も玄関に転がった。




