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第二章 4

           4

 四月も下旬、五月のゴールデンウイーク関連のニュースが、テレビで流れ出したその日、塚本は、初めて紙くずを連れてドアの外に出た。

 

 薄手のジャケットのポケットには、手作りリモコンが入れてある。人に聞かれたら、コイツが助けてくれる。と自分自身に言い聞かせるものの緊張が全身を包んでいる。


 アスファルトの上を転がってのダメージだって、確認したわけではない。転がる際には、アスファルト仕様の強度になるというのは、都合の良い思い込みで、忽ち、擦り切れたり穴が開いたりするかも知れないのだ。


 紙くずは、部屋の中と同じように左斜め後ろをついて来る。


 道に出てすぐにゴンジロウの飼い主の平田さんに声をかけられた。

 道を掃除していたらしくほうきとチリトリを持っている。

 ぽっちゃり顔のメタボを嘆く明るい五十代前半の奥さんである。

「風邪で寝込んだりしたら、いつでも、連絡くださいね。お食事など運んであげたりしますから」

 こんな風に言われたのは、塚本が、七十二歳の誕生日を迎えた頃だった。随分嬉しかったのを覚えている。


「暖かくなりましたね」

「ええ、本当に。ゴンジロウもご機嫌でしょう?」

「ますます、家にいる時間が少なくなっちゃう。表に出せってうるさくて」

「そうですか」いずこも同じですね」

 塚本は、斜め後ろの紙くずに視線をやったが、平田さんの視線は、つられなかった。

「じゃあ」

 塚本は笑顔を作り、平田さんから離れた。

 

「ゴミが」

 平田さんが言った。

 ようやく、気付いてくれたようだ。

 

 追いかけて来て、ほうきとチリトリを使おうとした平田さんを塚本は、慌てて止めた。

「ああ、いいんです。この紙くずは、単なる紙くずじゃあないんです」

「はぁ?」

 平田さんは、怪訝な表情で塚本の顔を見た。


「開発中の玩具がんぐなんです」

「玩具?」

「ええ、紙くずがペットのように持ち主の後を転がるって面白くないですか」

「まあ、確かに。これが、そうなんですか?」

「ええ」

「妙なこと考えましたね。よく見ると、けっこう芸術的に作られてますねえ」

 平田さんは前かがみに紙くずを眺める。

 

 ダメ押しせねば。塚本は、ジャケットのポケットから手作りリモコンを取り出した。

「そう言ってくださると、ありがたいですね。リモコンで動かすのに都合のよい設計にもなっているんです」

「ああ、リモコンね。何もしなくて転がって行くわけないわよね」

「手作りで汚いんですけどね」

 塚本は、触られないよう少し離れて塗料を塗ったコントローラーを見せた。


「手作り。試作品ってやつね。これ、触っちゃいけないんでしょ?」

 平田さんは紙くずを指さした。

「すいません。まだ、凄く壊れやすいんで」

「残念。さすが、頭のいい人は違うわね。家電の会社で研究やっていらしたんだからお手のものでしょうけど」


「いやいや。今日から、散歩兼実験になります」

「楽しそう。頑張ってください」

「頑張ります」

 塚本は、にこやかに答え、歩き始める。カラカラと紙くずはついて来る。



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