王子が私を愛してくれないのでムチでシバこうと思う
後半に少々暴力的な描写が含まれております。苦手な方はまたの機会にお会いしましょう。
大丈夫な方はお茶漬け感覚でどうぞ。
「シルビア。はっきり言っておこう。君を愛する事はない」
「······はあ、そうですか」
それしか返す言葉もなく、私ことシルビア・マキド・エミューズは静かなカーテシーと共に引き下がった。
「······君を愛の対象にすることは出来ない。だが、僕は君を信頼している。それだけは忘れないでくれ」
んな取って付けたフォローなんてどうだっていいんすよこっちは!だいたいもう聞き飽きたわ!
私は第一皇太子マキアス殿下にロクな返事もせずそのまま城から出て、我が家が所有する馬車に向かった。
私があまりにもガッカリしていたからだろう。付き添いのメイドのジョアンナが心配そうに声をかけてくる。
「お嬢様······その、ドンマイですよ!王子だってお嬢様の事は信頼してるって言ってたし、あの『冷血鉄仮面』にそこまで言わせられるのはお嬢様だけですよ!」
「そうね······」
あなたはいつもそうねジョアンナ。口下手だけど励ましてくれる。
「お嬢様はお綺麗ですし王子以外にだって素敵な殿方もいますし、そのっ······元気出して!」
「ありがとう。ジョアンナ」
私が失恋に落ち込んでると見てジョアンナはフォローをし続けた。
まあ、私からマキアスに告白して、マキアスの返事がああではそりゃ失恋したように見えるわな。
たしかに私は落ち込んでる。
マキアスにフラれたからだ。
それは事実だ、ジョアンナの思い過ごしではない。
だが一つ言っておこう。
私だってあんな男の事、これっぽっちも愛しちゃいないわ!
好きでもない!
むしろめっちゃ嫌い!
だけど仕方ないじゃない。
マキアスが私の事好きになってくれないと困るんだから。
家に帰った私は、心配してくれる家の者や両親にも生返事して自室に戻った。
時刻は真夜中。もうすぐ明日になる。
未だ見た事ない明日。そして、また来る明日。
「はあ~······またか······」
ほどなくして時計がボーンボーンと時を告げた。
それと同時に、心臓の辺りを握り潰されるような激痛が走り、私は悲鳴を上げながら倒れた。
駆け寄ってくるジョアンナや他の使用人達の声をぼんやり聞きながら私は願った。
(もういっそこのまま死なせて······)
そして意識は暗闇に落ちた。
「んん······」
朝。
チチチっと小鳥の声で目覚める。うららかで爽やかな朝。
「はあ······またよねぇ······」
でも私の気分は最悪だ。
そこへノックの音がして
「おはよーごさいまーすっ」
というジョアンナの元気な声が飛び込んでくる。
「お嬢様、気持ちの良い朝ですよー。あら?お顔が優れないような······」
「おはようジョアンナ。ねえ、一つ聞いていいかしら?」
「はい、何ですか?」
「今日は何日かしら?」
「え?」
キョトンとしてジョアンナは答えた。
「春期第二周の20日ですよ?」
「······そう」
まあ、そうだったか。やっぱりダメだったか。
また私は1ヶ月前に戻っている。
そしてやはり聞こえるあの声。
『王子を堕とせ』
事の起こりは今日──いや、1ヶ月前──いや、正しくは数年くらい前になるのか──いや、でも今日の日付から始まったんだし──でも、実際はもっと経っていて──
ああ、ややこしい!
とにかく、結構前だ。
ある日の朝。目覚めてから少ししたら突然私の頭に
『王子を堕とせ』
という不気味で意味不明な声が響いた。
何の事か分からなかったし、一回しか聞こえなかったのでその時の私は気のせいだと片付け普通に過ごしていた。
その1ヶ月後。私は真夜中に胸の激しい痛みに襲われそのまま意識を失った。これは直感なのだが、多分死んでるんだと思う。
そして次に気がつくと1ヶ月前の朝に戻っていたのだ。
つまり今日だ。
「お嬢様、今日の朝食なのですが──」
「あー、トーストは二枚でいいわ。スープはカボチャの方にして。ベーコンは好きなように焼いて。サラダのドレッシングはオニオンの方で」
「え?!な、なんでメニューを知ってるんですか?」
「なんとなくよ。さ、今日は午後に百貨店の店長が来るから今の内に必要書類纏めておくわよ」
「あ、あれ?今日はそんな予定はなかったはずですが······」
「予定は未定であり決定的よ」
私の朝は何度も繰り返している。
最初は狼狽えたものだ。
一番最初に時間が巻き戻った時は訳が分からず、ただ困惑していた。
そして、また1ヶ月が経って同じ日の同じ時間の夜中に私は激痛に襲われた。
気がつくと、またもや1ヶ月前の朝。
「お嬢様、今日の午後のお茶会の件ですが──」
「あー、サリア嬢は体調不良だから今日はキャンセルになるわ」
「え?そんな話はまだ聞いておりませんが······」
「あと少ししたら遣いの者が来るわ」
「は、はい?」
二回、三回と繰り返す内に私はようやく状況が飲み込めてきた。
どうも私は1ヶ月後の日に心臓の病か何かで死んでしまい、その後に時間が戻り1ヶ月前の朝に目覚めるようだと。
問題はその後だった。
なぜそんな事になるのか?それが分からなかった。
とにかく私は死にたくない一心であらゆる手立てを考えた。
医者にかかったり、健康に気をつけたり、動悸を上げないよう絶対安静にして過ごしたり。
でも全部無駄に終わった。
私は超健康で体のどこにも異常は無かったし、どれだけ安静にしていても同じ日の同じ時間に心臓が痛くなってぶっ倒れる。
もしや誰かに毒でも盛られているのでは?とも考え、三日間くらいの断食に挑んだ時もあった。
結果はお腹が空いて弱ってるところへの激痛という地獄のコンボに進化しただけだった。
二十回かそんくらい繰り返した所で私は一つの手がかりに目をつけた。
それは朝目覚めた時に聞こえるあの声。
『王子を堕とせ』
この原因不明の時間のループにおいてハッキリしている事実は三つあった。
一つ。私は同じ日の同じ時間の夜中に死ぬ。
二つ。死んだ後、1ヶ月前の朝に戻る。
そして、三つ。
巻き戻った朝に必ず『王子を堕とせ』という謎の声が聞こえてくるということだ。
私の謎の死と時間のループ。これらにこの声は無関係ではない。
つまり、謎の声の言う通りにすれば、この謎のループも終わるのでは?と考えたのだ。
そう仮定した私は言葉の意味を考えた。
まず最初に思いついたのはまんまの意味。
我が国の第一皇太子の王子マキアス・ローク・アルファルトを落とす。物理的に。
落とすと言ってもどこから落とせば良いのか分からなかったし、高所から落としたらマキアスが死ぬ恐れもあり私は躊躇した。
とは言え、他に手がかりもなかったので私はマキアスを城のテラスから突き落とすのを目標とした。
ある時、マキアスに近づくチャンスがあったので私は作戦を実行した。
が、この時は失敗し、私は捕らえられ王子暗殺未遂の逆賊として処刑された。まあ、当然ではある。
ところが、処刑された後も私は1ヶ月前の朝に戻っていたのだ。
これによってまた一つ分かったことが、私がいつ死のうと最初の朝に戻るという法則。
そうと分かれば話は早い。
私は安心してマキアス暗殺に何度もトライしたのだった。
初めは回りの護衛に邪魔されたり、本人の抵抗もあって上手くいかなかった。
だけど私もループ中に魔法などを学び続けて強力な力を蓄えていった。もちろんマキアスをテラスから落としたいがためだ。
そしてついに悲願達成の日。
「うわああああああぁぁぁ······!!」
テラスから落下していくマキアスとその悲鳴には流石に罪悪感を覚えたが、私は満足していた。
マキアスを落としても、バレたら処刑されて元も子もないので私は偽造工作を施し、犯人だとバレないようにしてヌケヌケとシラを切った。
そして事件の真相は闇の中へ。私は達成感と共にベットの中へと潜った。
ところがその日の夜。
寝ていたら突然胸の痛みに襲われて私はまた死んだ。
そして1ヶ月前に戻ったのだった。
「あー、ジョアンナ。頼みがあるのだけれど」
「何ですか?」
「コッペリーニ地方の鉱山の利率の資料を集めておいて。あと、ケッスルの商業界の売買の記録と、納税金の資料。それとムソルク砦の武器の出入りの資料、ここ三ヶ月分ね」
「え?そ、そんなに沢山のを?」
「ええ、他にもあるわ。キャボール侯爵家の領収記録の入手にスラム街の西地区への監査、それに東方由来の漢方の入手」
「ええ?!お、覚えきれませ~ん!」
「メモに書いておいて。以上の事を三日以内にやっといて。費用はいくらかかっても良いから」
「ほええ?!」
マキアスをテラスから落としたのにも関わらず何も変わらなかった私は、落とす場所が違うのかと考え色々試してみた。
ある時は城のてっぺんから落としたり、ある時は砦の砲台の上から落としたり、またある時は私の部屋のベランダから落としたり。
でも全て徒労に終わり、マキアスの屍だけが意味もなく積み上がっていった。
こうして振り出しに戻った私はまた考え、一つの仮説を打ち立てた。
落とすとは陥落ということではないか。つまり、マキアスを王座から引きずり落とす。あるいは王家を陥落させるのではないかと。
マキアスないしは王家を陥落させるという新たな目標を設定した私は、またあれこれ試行錯誤した。
王家打倒というのはマキアス暗殺に比べて難易度が高く、なかなか容易にはいかなかった。
しかし私は諦めず、数度のループを経てついに革命軍を結成。
反王家派の貴族連中と革命推進の過激派組織とネットワークを構築し、武器や傭兵を調達するのには骨が折れた。だって1ヶ月でやんなきゃいけないのだ。正しくは1ヶ月半近いのだが、とにかくそんな短期間で王城を陥落させるのは大変だった。
私も前線に出て先陣を切り、何度も死線をかいくぐったものだ。ちなみにこの革命軍指揮時代の私は『魔弾のシルビア』、私の髪色から『白髪の戦姫』などという渾名で呼ばれるほど強くなっていた。
そしてついに訪れた国家転覆の瞬間。
捕らえられ、私の足下にガックリとうなだれるマキアスを見て私は安堵と達成感に包まれていた。
まあ、今こうしてまたループしてる時点でお察しだがこれも徒労に終わった。
「ジョアンナ。私は少し出掛けてくるから貴女は例の仕事をお願いね」
「は、はい。あれ?お嬢様はどちらに?」
「ちょっと公爵家にね。マキアス殿下に面会する機会を設けてもらうの」
「え、殿下に?」
「ええ。じゃあジョアンナお願いね。いつもありがとう」
「は、はい」
「さてと······」
そして幾度ものループと失敗を経て私は次なる仮説を出した。
落とすとはつまり堕とす。堕とすとはつまり惚れさせる。つまりマキアスを私に惚れさせる。マキアスが私を好きになる、愛する。
なかなかにアホな仮説であったが、直感的にこれが正しいように思われた。というのも、この仮説を元にマキアスに近づいた時から、死ぬ時の痛みが少しだけ和らいだのだ。
私は暗殺や革命という物騒な方針から一転しマキアスとのラブロマンスを目指した。
マキアスは王子という肩書きに引けを取らない優美なご仁だ。透き通る肌は一点の曇りもないくらい綺麗だし、涼やかな眼差しはどこか哀愁を含み、青みを含んだ髪は艶やかだ。目鼻の均等も整っていて、声も優しげ。
まあ、なかなかのイケメンさんだ。私はガチムチで汗臭い筋肉を震わせて剣をブンブン振り回すナイトの方が好みなのだが、マキアスの事だって嫌いじゃなかった。
むしろ、それまでのループで何度も命を奪っているので凄く申し訳ない気持ちで一杯だった。
そういうこともあり、初めの内は私もマキアスに好意的に近づいたし、それまでの償いとして彼には色々尽くした。度重なるループの中で彼の趣味や悩みもある程度はわかっていたし、好感度を上げるツボは把握していた。
汚職をしている貴族の証拠を掴んで彼に進言したり、革命派のアジトを教えたり、病弱な弟さんの病に効く漢方を献上したり。
挙げ句には、彼が暗殺者に襲われるというイベントが起こるのも知っていたのでその日に合わせて同行し、マキアスを守るために盾となったり。
とにかく思い付く限りの好感度調整をやりまくった。そして真心を込めて彼に愛を告白した。
な・の・に!
「シルビア。悪いが君とそういう関係にはなれない」
「君の好意は嬉しいが応えられそうにはない」
「そういう目的で近づいたのか。君には失望したよ」
「聞かなかった事にするよ。これからも良いビジネスパートナーでいてくれ」
「すまない。ハッキリ言おう。君は僕の好みじゃないんだ」
そりゃあね、私だって最初の内は我慢したさ。
何度も高い所から突き落としたり革命して王家を滅ぼしたりしたんだから罪悪感もりもりだったし、マキアスに覚えが無かったとしても嫌われて当然だと思ったさ。
でもさあ!あんなに至れり尽くせりで接してあげたのに爪の垢ほども私に恋心抱かないってどういうことよ!?
フラれていく回数が増えるにつれて私の中にあった『ごめんね~』感情は急激に収縮し、少なからず存在した好感度も枯渇した。
フラれる過程の中で知った事なのだが、マキアスは潔癖症で女性には一切興味が無いという噂が令嬢達の間で囁かれていた。それでついた渾名が『冷血鉄仮面』だそうだ。
また、女性に愛着は無いがいたぶるのは大好きで、気に入った女性を秘密の書斎に引きずり込んではムチで叩いて喜んでいる変態だという噂も聞いた。こちらは眉唾物なので単なる噂だと思うが。
ともかく。何度やってもマキアスの心を射止める事が出来ないのだ。
確かに、今までほとんど接点の無かった女に1ヶ月で惚れろと言うのは無理があるかもしれない。
でも!私だって恥もプライドも全部捨ててあの手この手で頑張ったの!
マキアスの悩みや苦しみに寄り添うのはもちろん、彼の望む言葉や贈り物をたくさんあげた。
精神的な懐柔は大前提。そして不本意ながらもはしたない誘惑だってした。
時にはスケスケの際どい下着姿で誘惑したり、露出の多い騎士装具で誘ったり、胸元めっちゃ空いたメイド服で誘ったり、コスプレ三昧でマキアスを誘惑したのだ。
でもあのアホの反応はこうだ。
「見苦しい物を見せないでくれシルビア」
こちとら女のプライドがズタズタだー!!
そりゃ、鼻息荒くしてよだれ垂らしながら飛び付かれたりするのも嫌よ?でもさぁ、もう少しくらい、こう、男なら何か反応したって良いじゃん。
いつも良いところまでは行くのだ。わずか1ヶ月でマキアスと自室で二人きりになるくらいには絶大な信頼を得ているのだ。なんたってその人心掌握ぶりに『人間磁石のシルビア』という渾名が轟くほどなのだ。
「君ほど信用出来る人間は他に居ない」
という評価まで受けた。
だけど!だけど、そこまでだ。
マキアスの信頼というのはあくまで家臣や友人としての信頼。そこに恋愛や色恋の情は無い。
何度トライしても結果は同じ。マキアスの好感度は絶頂まで登るが、私を女として見る事はない。
それでも、今の状態が一番正解に近いはずなのだ。
「今度こそ······!」
この時間の牢獄から脱け出すにはマキアスを堕とすしかない。
今回も今まで通りの手順で行く。
基本は同じで間違いない。マキアスにあらゆる進言をして内政を改善させてあげ、反乱の芽を事前に防ぎ、他国の侵略計画に先手を打ち、弟さんの病を治してあげる。
これらで間違いはないのだ。それは試行錯誤の繰り返しで確信している。
問題なのは告白。最後の決め場だ。
興味深い事なのだが、途中までの基本はよほどのアレンジさえしなければその後に大きな影響が出る事はないのだが、告白に関しては言葉一つ変えるだけでもマキアスの反応に大きな変化が現れる。
私はこの告白こそ成功の要だと睨んでる。
公爵家との会談を経て私は翌日にマキアスとの面会へとこぎ着けた。
「シルビア。話は公爵から聞いた。その、本当なのかい?」
「はい。間違いないかと。証拠も揃えております」
私は、脱税している貴族達のその証拠となる手紙や、銀行の領収書をマキアスに提示した。どれも裏ルートで入手したのだ。このルート開拓には三回のループを用した。
「さらに私が入手した情報によりますと、この用途不明金は西スラム街の方へと流されているようで······」
「スラム街に?一体なぜ?」
「ここからはまだ調査中ですが恐らく革命過激派への援助ではないかと思われます。そして一斉に蜂起するための準備かと」
「まさか······こんなに多くの者が······」
愕然とするマキアス。この辺りは同情する。私が告発した貴族の中にはマキアスが幼少の頃に面倒をみてくれた人間も含まれているのだ。
ショックだろう。
「僕は······僕はどうすれば······」
「殿下。ご心中お察しいたしますわ」
「·········」
「殿下。差し出がましい事かもしれませんがこの一件、私に任せてもらえないでしょうか?」
「なに?君に?」
「はい」
私は神妙な顔で頷いてみせた。
「殿下の力で裁くのは簡単かもしれません。しかし、そうするには心苦しいお相手もいらっしゃるのではありませんか?」
「!なぜそれを······」
「私とて不確定な情報だけで他人を疑いたくはないので調査は徹底しておりますから。その中で殿下と親しい人間が居るのも把握済みです」
「そうか······」
「ですが、今ならまだ間に合います。過ちを正し、なるべく軽い刑で済ませる事も出来るはずです」
「本当か?」
「はい。私は既に、改心する可能性のある人間には思いとどまるように説得する手紙を出しております。彼らが何に不満を持っていたのかも調査済みで、その解決策も用意を進めております」
「そこまで······しかし、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「全ては愛する我が国のため。無辜なる民に戦火が及ばず、王家が胸を痛めず、少しでも流れる血が減るのを願ってこそです」
真っ直ぐ真剣にマキアスを見つめる。私の揺るぎ無い信念の眼差しにマキアスは気圧されている。
そしてなんやかんやあって······
「で、殿下。どうか罰して下さい。この愚かな私めを······」
「顔を上げてくれ。まだ右も左も分からなかった僕を導いてくれたのは貴方だ」
「で、殿下っ······」
「シルビア。ありがとう。君の説得のおかげでまた一人こうして僕の元に戻ってきてくれた」
「いえ、全てはマキアス殿下の人徳。そして、真の愛を忘れずにいた侯爵の勇気のおかげでしょう」
「シルビア······」
私の根回しにより革命派の貴族達が次々とマキアスの元へ自ら赴き、美しい和解が成立していった。
私は見飽きたその光景に乾いた目を向けないよう努力し、泣いたフリをしてやり過ごした。
そして·········
その他の諸々も解決していき、マキアスの好感度はまたマックスになった。
ついに運命の日。この日が私の命日だ。この日を越えんが為に数年に匹敵する時間を生きてきたのだ。
私は既に絶大な信頼をマキアスから得て、彼の自室に二人きりで居た。
(そう言えば、あの部屋がマキアスの書斎かしら)
自室の角に目立たないようにして存在する扉。
気に入った女性をムチで叩く部屋だとの噂があるが、入った事ないな。ここだけはマキアスが入れてくれないのだ。
(まあ、そんな事はどうでもいい。とにかく今回こそ、今回こそは······)
ループのやりすぎで私の精神は限界だ。同じ時間や展開を何度も繰り返すというのは辛いのだ。
前回は社交パーティーのど真ん中でマキアスに告白した。大衆の面前でなら回りの目を気にしてOKしてくれるかもしれないという打算があったからだ。
まあ、無意味だったけど。
今回はパーティー会場に戻る前に告白しよう。二人きり、ムードも悪くない。
「······マキアス殿下」
「ん?なんだいシルビア」
マキアスが微笑を上げる。この微笑みはいつもここまでなのだ。
だけど今日こそは······
「殿下。この1ヶ月は怒涛のような日々でしたね」
「そうだね。本当に」
マキアスが苦笑する。
「色々あって大変だった。だけどシルビアのおかげで全て上手く行った。君には本当に感謝している」
「いえ、そんな······」
そう思うなら私に惚れろ。
「私も殿下との時間はとても充実したものとなり、大変でありながら楽しいくらいでした」
「はは、楽しいと来たか。君は本当に大物だね」
そりゃ貴方の暗殺事件の犯人だし、革命軍の指揮官だからね。超大物さ。
「殿下」
「ん?」
「私の事······どう思いますか?」
「え?」
私は少しうつむき加減に流し目を送った。
「その、私のこと一人の女としてどう思いますか?」
「一人の女性として?」
「はい」
ここからが肝心だ。今まで言った事のない新しい告白文を述べねば。
「殿下······いえ、マキアス様。この1ヶ月、私は貴方と苦楽を共にし貴方の行いも想いも全て見てきました。どんな困難に直面しようとも決して諦めない気高さと他者を慈しむ愛の心。どちらも素晴らしく、本当に素敵でした」
「·········」
「もっと貴方の側に居たい」
私はそっとマキアスの手の上に自分の手を重ねた。
「マキアス様を一人の友人として支えるだけではなく、その先までもっと。貴方の苦しみも悩みも痛みも全部抱きしめて、一生側に居たい」
「······」
「いけない女でしょうか?でも、信じて下さい。貴方の身分や立場に関係なく貴方という一人の男性に心惹かれたのです······愛してます」
この瞬間は何度やってもドキドキする。残念ながらロマンチックな意味ではなく結果発表を待つ瞬間だからだが。
そしてマキアスの答えが返ってきた。
「シルビア。残念だがその気持ちには答えられそうにない」
「······」
まあ。
分かっていたけどね。
「君は素晴らしい友人だし、信頼している。だけど女性として見る事は出来ない。惹かれないんだ。君に」
私は嘘という概念を作った人に敬意を捧げたい。こいつみたいに何でも本音を言う奴は少しくらい嘘を学べ。
「君の事は好きだが······君を愛する事はないだろう」
失敗の宣言。すなわち私への処刑宣告。
でも今回はまだ時間もある。諦めるな、最後まで抗え!
こうなったら私も本音でいこう。嘘偽りなく話して理解してもらえばきっと······!
「それじゃあ僕は先に戻ってるよ」
「ま、待って!」
私はマキアスの腕を掴んで引き留めた。
「マ、マキアス様。聞いて欲しい事がありますの」
「聞きたくない。愛の告白ならね」
「ち、違います!私が······私がなぜ貴方に愛を求めるかその訳を!」
「?」
私はこれまでのループの事をマキアスに話した。
流石にテラスから突き落としたり、革命で断頭台にかけた辺りはボカシたが、これまでずっと変わらず一途であるということを話した。
「お願いです。助けて下さい······私を······愛して下さい·········」
今までで一番本音に近い愛の告白をした。自分の身が可愛いからではあるが本当に愛して欲しい。
「·········シルビア。良く分かったよ」
マキアスの声は穏やかだった。
私も思わず伏せていた顔を上げた。
しかし、そこにあったのは優しい笑みではなく哀れみの眼差しであった。
「シルビア。どうも君は疲れているらしい」
「え?いや······」
「この1ヶ月、鬼のように働いてくれてたからね。無理もないが。しかし妄想に囚われるまで疲れていたのは予想外だよ」
「ちょ、ちょっと······」
「良い医者を手配しよう。そして君もゆっくり休みたまえ。君が居るべき場所は僕の傍らではなく病院だよ。可哀想な人だシルビア」
「·····················」
─────プツン─────
「それじゃあシルビア、今日はもう帰り──」
「·········い······ケェ」
「え?」
「うっさいわこのボケええぇ!!」
「!?」
私は魔法弾でマキアスに至近距離バーストを喰らわせた。
「ごふぉ!?」
身体をくの字に曲げてマキアスが吹っ飛んでいく。勢いそのままに、例の秘密の書斎のドアを破って中へと突っ込む。
「ぐはっ!」
「こっちの気持ちも知らずによくもまあ、疲れてるだの妄想だの病院行けだの言いたい放題言ってくれるわねぇ」
私も書斎に入る。初めて入った領域だが、そんなことよりマキアスをどういたぶろうかしら。
マキアスが怒りを露にして叫ぶ。
「何をする!無礼だぞシルビア!」
「無礼もクソもないんじゃっこのスカタンアンポンタンのスカシヤロー!!」
反撃体勢に移ったマキアスの懐に飛び込み、魔力強化した必殺のボディブローを放つ。
「ぐええ!?」
マキアスがよだれと共に苦しみの声を吐き出す。
「汚いわね!!」
私は側に落ちていたサファイアのペンダントを拾い、それを丸めてマキアスの口に突っ込んだ。
「むぐぅー?!」
「それで黙っていなさいな」
そしてカーテンを魔法で裂いてロープにし、マキアスの身体を縛りつける。長いループで身につけた私の戦闘能力と制圧能力はマキアスに反撃の隙を与えない。
「ほら、そこに直りなさいな!」
「ぐむっ!?」
足蹴にしてマキアスを床に転がす。これで逃げる事も助けを呼ぶ事も出来まい。
私は外れたドアを元通りに修復した。これで誰かが来ても大丈夫だろう。
改めて部屋の中を見回すと壁の中央に立派な鞭がかけてあった。
「あ~ら。秘密の書斎に女の子を引きずりこんで鞭で叩くのが趣味という噂は本当だったのねぇ」
今となってはどうでもいい。今回も失敗したのだ。
ならば、この鞭で少しストレス発散しようじゃないか~。
「ふっふっふ。無様ね~マキアス~。まるで手足をもぎ取られたカエルのよう、いえ、イモムシだわ」
「むーっ!むーっ!」
「今からた~っぷり可愛がってあげる」
私は鞭を取り、振り上げた。ヒュッという音と共にしなりその先端がマキアスを打ちつけた。
──ビシイッ──
「んぐぅぅぅ?!」
「アハハハ!何その反応?ほら、もっと悶えなさい!」
──ビシイッバシイッビシイッベチンッ──
「んぐぅ!ぐんぎぃ!んんんっ?!」
「それ!ほら!この!どう?フリ続けた女に抵抗も出来ずに鞭でしばかれるのは!?」
「ヒギイイイィ?!」
マキアスが白目をひんむく。破れた服の下から美しい肌が露出し、赤く細い傷痕が付いていく。
「オーホッホッホ!まだまだよー!私の苦しみはこんなものじゃないわ~!」
──ベチィンッ──
「ンクギイィ!!」
「あら、こんな所にアロマキャンドルが。ちょーどいーわね~」
私はアロマキャンドルに火を点けて、溶け出した蝋をマキアスの傷口に垂らしていった。
「ンギイイイイイイイイ!!!」
「アッハッハッハ!!良い声で鳴くじゃない!ほら!もっとお鳴き!このブタっ!」
マキアスのお尻にヒールの尖った先端を突き刺しながら鞭でビシビシ叩き、蝋を垂らしていく。
「ンギィ!フギイ!ンガアァ!!」
「そら!この石頭ブタ!お鳴き!醜くよだれ垂らしてブヒブヒお鳴き!!」
「ンヒイイイイイイイイ!!」
少しして。
やっと冷静さを取り戻した私は鞭を捨てて、床に転がってビクンビクンと痙攣するマキアスを見下ろした。
服が破れすぎてもはや半裸状態のマキアスは白目を剥いたまま、ヨダレをとめどめもなく流し続けていた。
まるで美しい物を自らの手でめちゃくちゃに汚してしまったような背徳感と罪悪感が私を襲った。
例えるなら、職人が丹精込めて作ったデコレーションケーキを肥溜めの中に捨てるような、名画に泥の筆で上書きしたような、そんな感覚だ。
「はあ······何やってんだろ。私」
もう時間もあまり無い。さっさと帰って寝よ。寝てる間なら少しだけ痛みも和らぐから。
私はマキアスのロープを外してあげ、自分の外套を上からかけた。意味ないと思うが一応。
「ふう」
スッキリはしたけど虚しい。そんな感覚と共に家へ帰りベッドに入った。
時刻は間もなく終わりを告げる。
「次はどうしようかな······」
次のループの作戦を考えながら私はゆっくりと眠りに落ちた。
──チチッチチチッ······─
「んん~······」
朝だ。
「ふわあ~あ。あ~、良く寝た」
何度迎えてもこの朝は気持ちの良い朝だ。
だけど私をウンザリさせる朝だ。
「あれ?そう言えば······」
いつもより気分が良い。ああ、そっか、死ぬ時の激痛が無かったからだ。運良く眠ったまま死ねたらしい。初めての事だ。
──コンコンコン──
「おはよーございまーっす。お嬢様~良い天気ですよ~」
何時ものごとくジョアンナが入ってくる。
「おや?お嬢様お顔が優れないような······」
「あー。まあね。それより朝食の件だけどトーストは三枚、スープはカボチャ。ベーコンはカリカリ、ドレッシングはガーリックで」
「はい?」
また同じやり取りするのがウンザリなので先手を打った。さて、今度はどうやって──
「あの~、お嬢様」
「なに?」
「本日の朝食はトマトリゾットとパンケーキになっておりますが」
「え?」
「トーストがお望みなら今からコックに伝えましょうか?」
「ち、ちょちょちょっと待って!え?トマトリゾット?」
「はい」
「············」
私は思わず声を裏返した。
「じょじょじょジョアンナ!」
「は、はははいっ!?何ですか?」
「今日の日付は?!」
「え?春期第三週の二十八日ですが······」
「第三週?!」
そして二十八日。
そんなバカな。この日付は永遠に来なかった明日だ。
つまり、私が長年望んでいたループの先。時の牢獄からの脱出。
「···············」
「お、お嬢様?」
「······や···············」
「や?」
「やったああぁーー!!」
「ほわぁ!?」
私の大声でジョアンナがひっくり返ってしまったが構っていられない。
この溢れ出てくる感動と解放感、達成感、幸福感、ぐじゃぐじゃになった感情を落ち着かせるためには叫びまくって、一人でスキップダンスを踊り、ネグリジェのまま館中を全力疾走しなければ収まらん!
「朝よー!朝が来たのよー!ずっと待っていた朝がー!!」
ああ、なんて素晴らしい朝なのだろう。朝ってこんなに清々しいものだったんだ。
朝食のトマトリゾットが美味しい!新たな味だ!
「美味しい!美味しいわ!」
未定の予定が素晴らしい!私の中のカレンダーは純白の白紙だ!何でも出来る、どんな未来でも描ける!
「ああぁ、素晴らしいわ······」
朝食が終わり部屋でゆっくりくつろぐ。何度カレンダーを見てもその日付はずっと夢見てた日付だった。
「う~ん、幸せ」
「お嬢様ご機嫌ですね~」
ジョアンナの淹れてくれたハーブティーの香りに抱かれ、窓の外に目をやる。そこには私の知らない朝があるのだ。そしてこれから昼になるのだ。こんな当たり前の事をどれ程待った事か。
「あはっ!ねえジョアンナ?」
「はい、なんですか~?」
「今日のお昼が何か当ててあげる」
「あ、お嬢様の予言ですね~。どうぞ~」
「オムライスでしょっ」
「あら?外れですね」
「うふふっ、外れちゃった。じゃあ、クリームパスタ」
「外れ~」
「あ~あ~、外れちゃったわ~」
未来が分からないのがこんなにも楽しい事だったなんて。知らなかったな~。
「お嬢様本当にご機嫌ですね。何か良い事あったんですか?」
「うん?まあね~」
「そうですか~。あっ、もしかして!」
ジョアンナがパチっと手を鳴らす。
「王子と良い感じになったとか?」
「··················あ·········」
新しい朝。王子を堕とせ。告白。昨晩。鞭、ロウソク、白目剥いたマキアス。
「あ、あ、あぁ、あああぁ~!!?」
「ひゃっ!?ど、どうされたんですか?お嬢様」
新しい朝が嬉しすぎて昨晩の出来事を忘却の彼方に置き去りにしてた。
そう、マキアスをメタメタにシバき倒した事実を。
「あ·········終わったわ」
「え?何がです?」
新しい朝を迎えられてもあんな事をしでかしたんだ。すぐに王城から兵士がなだれ込んできて捕らえられ処刑されるルート決定だ。
「お嬢様?」
「······こうなったら最後まで抵抗してやるわ。魔弾のシルビア、白髪の戦姫とまで謳われた私の力で返り討ちよ」
「は、はい?」
そこへタイミング良く
「お嬢様」
別のメイドが入ってきてこう告げた。
「王城より使者が参りました」
いよいよか。
私は応接間に赴き、使者の口上を受けた。
「王子が呼んでおります」
「分かったわ」
ここまで来たのだ。こうなりゃヤケだ。何があろうと、どんな手を使おうと必ず生き延びてやる。
私はマキアスの自室の前で衛兵と別れて一人になった。
(今のところ何も無いわね······でも、このドアの向こうにどんなトラップがあるか)
覚悟完了。ノックをする。
『入りたまえ』
「失礼します」
中に入る。中ではマキアスが待っていた。
「やあ、シルビア。来てくれたね」
「······ええ」
マキアスは無表情だ。笑ってもいないけど怒ってもいない。
「······何のご用でしょうか?」
「·········来たまえ」
マキアスはそう言って例の書斎に向かった。
私も後に続く。一緒に中へと入る。
書斎の中は昨晩のままだ。乱れた机や倒れた椅子に散らかった服の破片、垂れて凝固した蝋の点々とした跡。
「······」
平然とするマキアスを見て、あるいは昨晩の事は無かった事になってるのかもと思ったが、そんなことはなかった。
「昨日の夜──」
マキアスが背を向けたまま静かに言った。
「僕はここで屈辱と恥辱の限りを受けた」
「······」
「人生で誰かに暴力を振るわれる事なんてなかったし、ましてや口の中に宝石を突っ込まれる事もなければ蝋燭を垂らされる事だってなかった」
「······」
「体の自由を全て奪われ、尊厳を破壊され、苦痛の上に苦痛を重ねられ、意識が飛ぶ程の衝撃を与えられた」
マキアスがゆっくり振り向く。手には昨日の鞭があった。
ゆっくりと私に近づいてくる。
「······」
(復讐かしら。仕方ないは仕方ない。でもそれなら私だって──)
「シルビア」
「······何でしょう?」
マキアスが鞭を上げる。私も身構えた。
しかし──
──スッ──
「?」
マキアスは鞭を振り上げる事なく、その持ち手を私に向けて差し出してきた。
「え?」
「シルビア──」
マキアスは意を決したように言った。
「また昨日みたいにしてくれないかい?」
「···············はい?」
「いや、その······」
マキアスは頬を赤らめて目を反らし、モジモジした。
「き、昨日の夜は凄かった。あんな衝撃を受けたのは人生で初めてだ。羞恥の上から苦痛が降り注ぎ、僕の体は他の全てから解放されるかのようだった。痛みと恥ずかしさ以外に何も考えられず、王子としての重圧や責任も肉体から剥ぎ取られていくかのようだった」
「······はい?」
「まるでこの生身一つで再びこの世に生を受けたかのような痛み······しかし、偽りなき純粋な喜びでもあった」
マキアスが顔を上げる。そしてトロンとした目で私に熱い視線を向けてきた。
「勇気が無かったんだ。この鞭を毎晩見つめては誰かが僕に痛みをくれる日を夢見ていた。でも、そんな事を一国の王子が言える訳がない。だから、諦めていた。それを君が叶えてくれた」
「······あ、あの~」
すまん、王子。
何を言ってるのかサッパリなんですけど。
「シルビア······」
「は、はい」
マキアスが跪いて鞭をそっと握らせてくる。
「シルビア······こんなに心惹かれた女性は君以外に居ない」
「ほへ?」
「あんな情熱的な鞭と言葉をくれるのは君しかいない」
「あ、ハイ」
「今は二人きりだ。だから······ね?」
「·········」
な、なんなのよ、これ?
『王子を堕とせ』
あ。
マキアス······堕としたわ。
あれから色々あったが、マキアスが私にメロメロになってしまった事と、最後のループで培った功績に、貴族や王の信頼などが重なり、私は国王に乞われてマキアスと結婚した。
「よし、下がれ」
「ははっー」
マキアスは配下の前では威厳を保ち、今では陛下と呼ばれている。
しかし、私と二人きりになると──
「シ、シルビア、その、今日も良いかな?」
「またぁ~?」
書斎に閉じこもり
「さあ!お鳴き!この醜いブタめ!ブヒブヒ鳴いて自分がただの家畜だという自覚を持ちなさい!!」
──バチィンッビシイッベチィンッ──
「ブ、ブヒイイィー!!」
「オーッホッホッホッ!なんて汚ならしい鳴き声!ほら、ブタらしく鼻をフックで吊るすのよ!」
「フ、フンガァー!!」
調教が繰り広げられる。
まあ。あれよ。
特殊かもしれないけど、夫婦の仲は良好なのよ。
そんなマキアスとの仲睦まじい(?)ある日のこと。
書斎の大掃除を二人でしていると、ホコリを被った古い絵画が出てきた。絵は肖像画で、老人が描かれている。
「あら、何かしらこの絵」
「ん?ああ、それは僕の祖父の肖像画だね」
「へー、あなたのお祖父さんかぁ」
「そう言えば、前にその絵に触れたのもあの時期だな」
「あの時期?」
「ほら、君とここで初めて愛を分かちあった夜。あの夜の1ヶ月くらい前かな。その時から僕は無性に鞭が気になってね。はは、良い思い出だよ。じゃ、僕はあっちで本を揃えてるから」
「ええ」
言われてみれば顔の輪郭や造りが似ている。マキアスもあと四十年すればこうなるかも。
私がなんとなしにその絵をひっくり返すと、裏に何か紙が張り付けてあった。
(何かしら?)
開いてみると手紙か何かのようだった。
(手紙?いえ、日記かしら)
そのまま読んでみる事にした。
『私はこの国の王でありながら人には決して言えない秘密を抱えていた。それは他人に傷めつけられたいという欲望。さらに欲を言うなら若くて美しい白髪の娘に思いっきり鞭で叩かれ、罵倒されてぐじゃぐじゃにされたい。だが、そんな事を言う訳にもいかず······もうすぐ寿命だ。結局この夢は今生では叶わなかった』
私は先を読んだ。
『そこで私は禁断の魔術を作り、この願望を叶える事にした。この絵画に私の魂を封じ込め、触れた子孫に憑依して魂を融合させる。こうする事で私の感覚も共有されるのだ。そして鞭で叩いてもらえれば······あらゆる魔術を複合させ、私はついに欲望を満たす禁断の呪いを作り上げた。この呪いには様々な条件がかかってしまうが仕方ない。まず、魔術発動からタイムリミットが短いということ。長くても2ヶ月、あるいは1ヶ月しかもたない。そこで、同時に発動する呪いを追加した。私好みの娘が目的を果たせなかった時はその娘の命と共に時間が過去へと戻り、何度もやり直せるという画期的な呪いだ。さらにメッセージは短い一言しか残せないので簡略し──』
私はその場でその紙をビリビリに破いた。
マキアスが振り返る。
「どうしたんだい?シルビア?」
「······」
鞭を取り、振り上げ、マキアスに叩きつける。
「ああっ!そんないきなりなんてっ!」
喜ぶマキアスを無視して絵画にも思いっきり鞭を叩きつけた。
『うひいいいいいっ!!』
とかいう嬉しそうな声が聞こえたような気がした。
────おしまい───
お疲れ様でした。またどこかでお会いできれば幸いです。