不登校や引きこもりは
不登校とか、引きこもりとか、もっと理解を深めるべきだと思う。
僕のこの少しの行動だけで、何かが変わるなんて思ってない。
沢山の人を救えるなんて思ってない。
けど、一人でもいい。
考えてもらえたりしたなら、書いてよかったと思える。
どうか、誰かに届きますように。
学校に行かない人を、不登校という。
部屋から出ない人を、引きこもりという。
そう、周りの大人たちは言っていた。
けど、そうじゃないよ。
不登校は、学校に行かないんじゃない。
行けないだけ。
引きこもりは、部屋から出ないんじゃない。
出られないだけ。
それを、勘違いしないで。
僕だって、学校に行きたいよ。
クラスメイトみたいに、楽しそうに笑って話したいよ。
僕だって、部屋から出たいよ。
家族の会話に、笑顔で加わりたいよ。
でも、できないんだ。
脳が、身体が、拒否反応を起こすんだ。
僕にとっての幸せは、みんなと一緒のはずなんだ。
おいしいもの食べて、楽しいことして、みんなと笑い合いたいんだ。
ただ、それができないだけ。
やらないんじゃない。
勘違いしないでよ。
僕だって、苦しい。
つまらない。退屈で、窮屈だ。
「学校行かないでいいの、ずるい」「一人だけ、楽してる」「ずる休みだ、悪い子だ」
何でそんな風に言うの?
楽じゃない。苦しいよ。
ずるいって、なに。
僕は、ずるしてるの?
僕が、悪いの?
もう、分かんない。
僕がこんなに苦しいのは、誰のせい?
全部全部、人のせいにして生きられたら、楽なのかな。
みんなと一緒に笑えるのかな。
僕はもう怒られなくて済むのかな。
距離を取られなくて済むのかな。
僕が、全部悪かったから。
だから、こんなに苦しいの?
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
謝るからさ、もう、僕を解放してよ―――――
僕はもともと、いじめや、LGBTQ+などについて考えてもらう機会が増えてほしくて、小説投稿を始めたというのもある。
もちろん、僕は無名だし、言葉選びもまだまだで、誰かに届く作品がまだまだ書けない。
結局、自己満足なのだ。
分かってはいるけれど、やめられない。
もっと理解が深まるべきだと思う出来事は世の中に溢れているから、書かないわけにはいけないのだ。
たとえ、誰にも届かなくても。
誰かに届くまで、僕は書き続けたいと思っています。
僕の未熟な言葉でも、誰かを変えられたらいいな、そう思っています。