65話 到着、裏切り
「シュントは危ないから下がっててね! でもアスナカーレちゃんすごい……」
雨は次第に強まり、積乱雲から吹き下がる突風が草原を駆け抜けていく。
「レッスン1。己に適した魔導効率系統を見つける」
「魔導効率系統……?」
ヴァニラが疑問符を投げかけると同時にアスナカーレは呪文を唱える。
「光熱転移!」
その瞬間、吹き荒れる水雨の水滴一つ一つが眩い光を放ちながら輝く。
それはまるで水滴の粒がイルミネーションの電球になったような明るさだった。
コンマ数秒後、デララサの群れの叫び声が上がり、光を写し込んだ水滴は白い煙を立ち上げながら蒸発していった。
その後、バタバタと倒れるデララサの群れはドロップアイテムを数個残して完全に消滅し、俺たちは目を丸くしてその光景を眺めていた。
「あ、ありえねぇ……これが魔法伯の力なのか……?」
「デララサって言えば中級魔導師でも三匹相手がやっとなモンスターだぞ!? しかもそれを一瞬で」
興奮気味な護衛隊とは裏腹に、ヴァニラの表情は無だった。
「では皆さん、ドロップアイテムを拾った後はジャルバ村へ急ぎましょう。今日中に村へ到着するとお伝えしてあるので」
神童に言われるがまま俺たちはドロップアイテムの【デララサの角】を手に入れると馬車に戻り、大陸を目指す。
「見たかしら? あれは二段攻撃魔法と言って二つの魔法を使う事で自分に有利な適性環境や戦闘スタイルに相手を巻き込む手法よ」
「私は光魔導の魔導効率が良い。そしてさっきの技は反射した光そのものに熱を加えることが出来る広範囲神光魔導。光魔導が得意な師匠が私を弟子に選んだのもそれが大きな理由の一つ」
魔導効率かぁ。
主人公の頃は剣士だったから考えたこともなかった。
もしかしたら俺にも効率的な魔導があるのかもしれないな……。
「二段攻撃魔法……それがさっき言ってた魔導効率系統っていうのと関係あるの……かな?」
「逆。己の力を効率よく発揮できる魔導系統を見つけてから二段魔法の修練をすべき。まぁ二段魔法攻撃についてはアンタみたいな無才能のお嬢様にはまだまだ関係のない話よ」
ここでもちくちく言葉をお尻につけてしまうこの女。
果たしてどうして『まずは魔導効率がいい系統を一緒に探そ! それが分かったら二段攻撃の練習しよっか!』の言葉が言えないんだ。
これはもう新手のコミュ障だろ。
「そ、その魔導効率系統ってどうやったら分かるのかな……?」
そうだった。
俺のヒロインも純正のコミュ障だったことを忘れていた……。
「今はその装置が無いから無理。というより師匠から判定を受けなかったの?」
「う、うん……ヴァニラは魔法発動すら出来るようになったの最近だから……」
「はぁ……後継者候補がこんなんだと師匠の苦しみが少しは分かる気がするわね」
――そのまま誰も口を開くことなく馬車は進んでいく。
地面と車輪が擦れる音を聞き続けること4時間半。
馬車の速度が徐々に落ち始めた。
「着いたようね……。『燕尾』とかいう奴らからの襲撃もなくて助かったわ」
足早にテントから降りるアスナカーレに続いて俺たちも地面に戻る。
「ここ?」
「はい。このジャルバ村はエリーモアほどの規模では到底ありませんが漁業や輸入港として栄えた村です。その他コルトン大陸との定期便の運行などもあったと聞きました。まぁ今はこんな感じですが」
荒廃しきったボロボロの木造家屋が数軒立ち並ぶだけの街並み。
それはもはや村としての機能を果たしているようには思えないほどだった。
「へぇ! シュント詳しいんだね」
「え、あ、まぁ執事として最低限の知識は入れておかなければなりませんから」
危ない危ない。
無駄に知識をひけらかすオタクの悪い部分が顔を覗かせてしまった。
「話してないで行くわよ。使いの方を待たせてある」
アスナカーレを先頭にエリクスから指示された通り、村唯一の酒場を目指し歩く。
魚が腐敗したのだろうか? 酷い悪臭が漂う道は健康安心安全の国日本で生まれ育った俺には厳しいものがあった。
必死に鼻をつまみながら歩いていくと、ボロボロになった一枚の看板が目に留まる。
『コノトス酒場』
と書かれた看板をなんとかぶら下げる出入り口。
中は恐ろしく暗く、ましてや営業しているのかさえも分からないほど。
「じゃ、私が話をするからアンタたち二人はついて来て。護衛の方々はこのまま外の警戒にあたってください」
そうしてアスナカーレは古びた木の扉を開ける。
続いて店内に入った俺の目に飛び込んできた人間が一人。
それを脳が認識した瞬間、【沈黙魔杖】に手をかけていた。
「あなたは確か……こないだの?」
「え? え? だって……」
浅い記憶を掘り起こすアスナカーレと驚きで口を覆うヴァニラ。
「お待ちしておりました。ヴァニラ様、アスナカーレさん。そして……シュント君」
「――なんで。なんでお前がここに居る!!」
「マリナァァ!!!」