64話 レッスン開始
「護衛の皆さん! 前方からモンスターが来ます! 警戒してください!」
急いでテントを開け、前方を覗き込むとそこには大量のデララサの群れが馬車の進路を塞いでいた。
「あれはデララサ? 初級モンスターではありますがこの量となると骨が折れますね……」
デララサは草原や森林に生息するモンスター。
額から伸びる長い一本角が特徴的な鹿のような四足動物であり、攻撃性はあまり無いがこの時期の奴らは気が立っている。
「そうね、繁殖期真っ只中の彼らは興奮状態のはずよ。下手に刺激してこちらの存在を気づかせない事が賢明な判断でしょうね」
「それと気分が悪いけれど、一応パーティーを組むわ。アナタ達みたいな雑魚でも死なせてしまっては師匠に顔向けできない」
どこまでも歪んだ性格をお持ちのようだ。
仕方なく俺とヴァニラはアスナカーレに腕を差し出すとパーティーの編成を完了させた。
《アスナカーレがシュントをパーティーに招待しています。参加しますか?》
[YES]
「――ふーん。ま、噂通りのステータスね。これじゃあただの足手まといだからここに居なさい」
アスナカーレは俺たちのステータスを眺め終わると、ため息混じりの声で命令する。
「あ、アスナカーレさんはどうするのですか?」
すると彼女はヒョイっと立ち上がり、紅いステッキを手に引者の元へ歩み寄ると何か耳元で話している。
「ええ!? そんな……護衛の方々がいらっしゃいますので皆さんはテントの中で安全にしていてください……ええぇ? まぁ構いませんが……」
どんな交渉をしているのかと眺めていると、馬車の引者は後ろに続く護衛隊に向かって大声で号令をかける。
「護衛隊の皆様! 目の前の敵モンスターには一切手出ししないでください! こちらの魔導伯様が処理されるそうです!」
「なにを! 我々はエリクス卿から彼らの護衛を引き受けた身であるぞ!」
駆け上がって来ていた騎馬兵士や騎馬弓師は一斉に手綱を上げて減速しながら叫ぶ。
「手出しは無用! コルトン魔法局魔法伯である私アスナカーレ・グランフィリアが処理する!」
テントの中から後続の護衛隊へ口上を述べる若干8歳の小さな女の子。
しかし、その凄みと肩書きは威勢の良い護衛隊を黙らせるには十分であった。
『魔法伯だって……?』
『あんなガキが魔法伯?』
『いや……でもコルトン大陸に神童と謳われる少女がいるって聞いた事あるぞ!』
ざわつく護衛隊は立ち止まり、俺たちを乗せた馬車も速度を落とし停車した。
「師と仰ぐ私の実力、そして世界の広さを見せてあげるわ。ついて来なさい」
デララサの群れの直ぐ手前に止められた馬車を降りると、アスナカーレはステッキを構える。
しかし、俺たちの存在に気づいた一匹のデララサが来敵を知らせる遠吠えを発っすると、二十匹近いモンスターは一斉にこちらを向き威嚇してくる。
「気づかれてしまったみたいですね……本当に僕たちは手伝わなくて良いのですか?」
「気づかれても攻撃される前に蹴散らせばいい事よ」
「それとさっきも言ったでしょ? 私はこの無力のくせに家督を継ぐだのと勘違いしているお嬢様に現実を見せるだけ。邪魔は許さないわ」
横目で俺を睨む赤い瞳。
「翠雨の施し!」
するとステッキが掲げられた天は瞬く間に黒く澱み、デララサの群れの上空に積乱雲が姿現すと、そのまま雨を降らせた。
二段魔導攻撃をこの年で習得していたなんて……。
やっぱりコイツは天才だ。
「す、すごいねシュント……。一瞬で雲が出来ちゃった」
感嘆をするヴァニラにアスナカーレは言葉を続けた。
「さぁ。レッスン開始よ」
その瞬間、デララサの群れに向けられた赤いステッキは眩い閃光を放った。