60話 始まりの大陸
「し、師匠……。今なんと……?」
「私に2度言わせるつもりか――?」
グッと体を体堪えたままそれ以上の追求が出来ないアスナカーレを横目に俺はすかさず質問を重ねる。
「旦那様……現在の状況でヴァニラ様を伴っての移動。ましてやコルトン大陸への海路移動は危険ではないでしょうか?」
「え? なんでアンタ私がコルトンから来ている事を知っているの? 気持ち悪いんだけど」
まっずい。
この世界の存在する黒髪キノコ魔導師の俺がコイツの出生地を言い当てるのは確かに気持ち悪すぎる……。
ここは一か八か。
「ああー。ええーと……マリナさんが言ってたんです!」
マリナはエリーモア近郊について詳しそうだったしアクリシアの詳細まで知っていた。
それならばエリクスの弟子とも面識があってもおかしくない。
はず……。
「マリナ……ああ、お会いした事は無いけれど師匠から話は聞いたことがあるかしら?」
「無駄話はいい。私は明日辺境騎士団に掛け合いノーデンターク領の警備を増強するに要請をする。その際に貴様らをコルトン大陸まで護衛するように言っておく」
コルトン大陸。
このゲームの主人公とアスナカーレが生まれ育った街『ソザエル村』があるルーキーが集まる南の大陸で、俺たちが今いる大陸からは海路でしか辿り着けない。
ちなみに俺たちが今居る大陸はバードラオ大陸といって本来ならばゲームの中・序終盤にたどり着く大陸だ。
「しかしいくら護衛が居ようともエリーモア港はフォルクス一味に占拠されいますし、みすみす敵の懐に潜り込むのはいかがなものかと……」
「――浮旋」
「うわわあっぁぁ!!!」
その瞬間俺の体は音速と張りあう速度で急浮上すると、そのまま脳天からレンガに突っ込んだ。
「――解」
「うげ!!」
今度はそのまま浮遊力を失った。
カラカラと崩れる落ちるレンガの破片と同じく受け身もままならないまま地面に自由落下した俺は頭とお尻を同時に押さえながら悶え苦しむ。
頭抑えて尻押さえる。
そんな姿を仮にもヒロイン候補の美少女に見られしまったことが恥ずかしい……。
「馬鹿キノコ。この惨劇の現場を見てまだ理解できない? 今の師匠は腹の虫の居所がすこぶる悪いって。それに師匠は無策でこんな事を言い出すお方でもじゃない」
たしかにただ単に情報を自白させるだけで死ぬまで痛めつけるなんて騎士として失格だ。
しかし、それほどまでにノーデンタークの誇りを傷つけ、何より家族を傷つけられたエリクスの怒りの矛先が全てロイスに向かってもなんらおかしくは無い。
「グランフィリア。エリーモア南西に位置するジャルバという村を知っておるか?」
「はい。たしか闇魔導訓練の実習場に向かう際に一度立ち寄ったかと」
「そうだ。その村に唯一存在する酒場に行け。そうすれば貴様らを導く者が居るはずだ」
ジャルバ?
俺も一応知ってはいるが港からも離れてるし、フォルクス支配地域に潜り込むという根本的な懸念が払拭されていない気がする。
「かしこまりました。では明朝にでも出発いたします」
エリクスは葉巻を足で捻り消すし地下室を出ようと歩き始める。
「――待ってください!」
「何? まだ文句あるの?」
「なんとか明後日の早朝の出発というわけにはいきませんでしょうか?」
アスナカーレの怖い視線飛んできているのひしひしと感じながらもエリクスの目を真っ直ぐ見つめる。
「なぜだ」
「そ、それは……」
ここはハッキリと言え!
何度天井に脳天から突撃しようが構うもんか。
やっと分かり合えたんだ。
「ヴァニラ様と奥様に親子の時間を与えてはいただけませんでしょうか!!」
「――!」
中学校の時、漫画の持ち込みがバレて職員室で披露した以来の綺麗なお辞儀でエリクスに思いを伝える。
「――親子だと?」
「はい。今回の襲撃で一時洗脳された奥様は、呪縁魔法の影響と言えど己が行った言動に酷く心を痛めていらっしゃいます……。そして……夢の結晶を使ってまでも奥様と親子になりたかったヴァニラ様にどうかお時間をいただけませんでしょうか」
その瞬間、冷たく開いていたエリクスの目に力が入るのが分かった。
そして僅かばかり口角を上げた。
不気味とさえ思える不相応な笑顔に俺は恐怖すら覚える。
「ヴァニラが【流星】を使ったのか……。やはりあいつには有るのか」