57話 ドSな幼馴染
部屋から出てきたエマに声をかける。
「奥様だったんですね」
「――! シュント君……子供がこんな時間まで起きてるなんてだめじゃない。ま、君くらいになれば自己管理も完璧っぽいわね」
「たまたま目が覚めたので……」
「で? 何か言いたげだったけど?」
ガーゼを三個も貼り付けたエマはしゃがみながら俺に目線を合わせる。
「ええ。実は以前ヴァニラ様から夜中になると枕元にお化けが出てくると聞いたことがあったのです。その為、ヴァニラ様は極度のお化け恐怖症になってしまったらしく……」
「まぁ! それは申し訳ないことを……! 実はデビスやファナが寝静まった後、あの子の寝顔を見るのが日課になっていたの。寝ていたら嫌われることもないだろうと思っていたけど……あの子には悪いことしたわ」
ヴァニラの話をするエマの表情は以前とは違った。
やっと娘と分かり合えたことに安堵しているようだった。
「――シュント君。今日……私が何をしたのか、あの子に何を言ったのか、家族に何をしたのか全て話してくれないかしら?」
おそらく今日起きたことを話すとエマの心は大きく傷つき自責の念に駆られてしまうだろう。
「場所を変えましょう。ここではヴァニラ様を起こしてしますかもしれません」
「ええ。それじゃ私の好きな場所に行きましょう」
俺たちは暗い廊下を歩き屋敷を出た。
数時間前には決死の覚悟で逃げ込んだ葡萄畑だと思うとなんだか不思議な感覚に襲われる。
そうして俺たちは月光に照らされた葡萄畑を一望できるベンチに腰掛ける。
「――それじゃあお願いしようかしら……」
軽く握られた拳が小刻みに震えているのが分かる。
「分かりました。ではエリーモアであったことから説明します――」
葡萄の芳醇な香りをのせた風が爽やかに吹き抜ける中、俺は今回起きたこと全てを話した。
「――そんな……私……なんてことを……。これじゃあヴァニラちゃんに何と詫びれば……」
両手で顔を覆うエマにかけてあげられる言葉がなかなか見つからない。
「――子供を危険に晒すなんて……親失格もいいとこね……。あろうことか母親である私がデビスの将来を奪うなんて……」
「奥様……あれは超高度難度の呪縁魔法のせいです。奥様の本心はお優しい方だと私は理解しています」
「それでも……私が自覚していない心の奥底ではヴァニラちゃんを恨んでるんじゃないか、アクリシアの事を恨んでいたんじゃないかと不安になるの……」
たしかに心の奥底なんて誰にも分からない。
普段真面目に謙虚に生きてるサラリーマンが酒に飲まれて駅のホームで暴れ回るなんてのが良い例だ。
酒という呪いで自分が認識していない自分の存在を知る。
まさに今のエマと同じ状況だろう。
その時、葡萄畑の中に小さな人影が見えた。
「――あれは……アスナカーレ……?」
月夜に照らされた黒髪と伸びた背筋。
しかし、その瞳にはいつもの冷徹さは感じられない。
「――! ちょうどよかった……」
こちらに気づいたアスナカーレは俺たちの方に近づいてくる。
「奥様。お初にお目にかかります……私は時折エリクス様に聖魔法ご教授していただいているアスナカーレと申します。以後お見知り置きを」
真面目すぎる性格から子供とは思えない堅苦しい挨拶をするアスナカーレ。
エマは急いで涙を拭くと手を差し出す。
「私はエリクス様の妻のエマ。よろしくね」
軽く握手を交わすとエマはベンチを立つ。
「――じゃ私はこれで……何か二人で話すこともあるようだし――」
エマの表情は何とも悲しそうであったが、今の俺にどうすることも出来なかった。
「――で、何か御用ですか?」
二人になった瞬間の出来事。
気がついたら俺は謎の力で宙に浮くとそのまま地面に叩きつけられた。
「アナタ。あの眼鏡に罪を償わせたいとか言ってなかったかしら?」
そうだった……!
ロリスの事すっかり忘れてた……。
にしてもいきなり浮遊魔法からの衝撃魔法を使ってくるなんてどんだけSっけあるんだよ……。
「来なさい。アイツの罪とやらに興味がある……」
アスナカーレの異常とも言える正義感はあの頃もままだ。