54話 終結。『燕尾』
「うひゃー。いい水魔法を使うねぇー。そこの黒髪少女ちゃん」
「避けた……? いや手応えはあったはず」
おそらく『水鷹』が衝突する寸前に矢で地面を狙撃したて簡易の盾にしたんだろう。
狐女の地面がめくり上がっているのがいい証拠だ。
「んーー。君達強そうだし僕もここで戦争しようってわけじゃないからさー。ここで帰らせてもらうよー」
「あとシュントきゅん。これは回収させてもらったからねぇー」
プラプラと狐女の手に握られた【人心掌握】が怪しく光る。
そして狐目女はランプが届かない暗闇に姿を溶かしていった。
「待て! お前は何者だ!」
俺は暗闇に向かって叫ぶ。
「僕は『クリストフ・ノーデンターク』だよー。フォルクス・ノーデンタークの一人娘であり、『燕尾』のメンバーでもあるんだー」
「それじゃーねー」
そう言い残した狐女の気配は完全に暗闇から消えた。
燕尾……?
聞いたこともないがあいつクラスのメンバーがいる組織ってことだけは分かる。
そしてもう一つの問題はなんで幼少期のアスナカーレがこの屋敷にいるのかって話だ……。
少なからず幼少期の主人公はこの地方には訪れないはずだが。
その時、重症患者を地下室に置いてきていたのを思い出した。
「――! ロリス!!」
「――アス……いや黒髪のお嬢さん! あなたもしかして回復魔法なんて使えたり……」
しかし奴が居るはずの背後にはもう姿が無かった。
俺はいそいでランプを持ち地下室に戻る。
カビ臭さ+焦げた匂い+血が酸化した独特の鉄臭は思わず鼻を覆いたくなるほどだった。
「灯」
アスナカーレが唱えた光源魔法はファナと同じ魔法とは思えないほどの光量であり、地下室を隅々まで明るく照らす。
「何? これ」
噴き上がるまではないが、まだ依然として血液の流出が止まらないロリスをアスナカーレは冷静に指差す。
「こ、コイツは……説明している時間はないが生きてもらわないと困る人間なんです! もし助けれるなら救っていただけませんか……!」
何故か俺はヴァニラを、ファナを、エマを、デビスを。
屋敷の平穏を覆そうとした大罪人の命を助けてくれるように頭を下げていた。
「助けたいの?」
助けたいなんて微塵も思えるはずもない。
推しの平和を乱したコイツは万死に値する。
だがそうも言っていられない状況なのも確かだ。
「……。罪を……償わせたいです」
「――!」
「罪を犯したものは相応の罰を受けるべき……そうじゃないですか……?」
人は自分と同じ思想もしくは価値観を持つ者の意見は取り入れやすい。
そして俺はコイツの根幹を支える信念を知っている。
「そう。分かった」
アスナカーレは出血部分に何食わぬ顔で手を当てると詠唱唱える
「癒しの泉」
流れ出たはずの血液は源流に戻るように傷口から体内に吸い込まれていく。
『完全治癒』は確かに最高級回復魔法ではあるが、出血した血液を戻す効力はない。
一方で『癒しの泉』は一定時間内に流れ出た血液ならば体内に戻すことができるのだ。
「……さすが先生」
彼女に聞こえない音量で呟く。
「終わった。2日は安静にしていれば目を覚ますわ」
「あ、あの。あなたが何故ここに?」
「――魔導の師からのお願いだった」
魔導の師……?
そう言うとアスナカーレはツカツカと地下室から出ていく。
「あなたも馬鹿ヅラしてないで早く出た方がいいんじゃないかしら? ファナリアが地上で心配してる」
ファナリアとはファナの本名。
「あ、はい……」
こうして屋敷を覆っていた呪縁魔法は解除され、今回の事件はひとまず事なきを得た。
『燕尾』
突如現れた謎の組織の存在がどうにも俺の胸をざわつかせて仕方がなかったのだった。