52話 狐目の女
まさか過ぎる発言に心の準備が整っていなかった俺は吹き出してしまった。
「は、はぁぁ!? お前何言ってんだよ! 魔王の復活なんて自然災害と同じで誰かにコントロール出来るものじゃない!」
「スレイブ・フロンティア」の世界観において人間は常に偶発的な魔王の復活を恐れ、魔王の復活と共に世界に暗雲立ち込めるとき勇者が現れ世界を救う。
と言うのがコテコテお決まりのパターンだ。
しかしこのパターンはさすがの俺も対応し切れる自信がない。
「何が目的だ! それとノーデンタークの支配が関係するのか!?」
「わ、分からない……。俺は組織の一翼であるフォルクス様に仕える一組員に過ぎない……今回の洗脳計画もフォルクスが組織から与えられた権限ギリギリの作戦しか聞かされていない」
魔王の復活なんて俺がプレイしていた時は中盤ごろにいつの間にか発生していたのに……。
「その組織の名前はなんだ……。その馬鹿げた組織の目的はなんだ!」
怯え切ったメガネ男の胸ぐらを16キロ程度の握力で掴む。
「だ、だめなんだ……! 組織の内情を口にすれば契約された呪縁魔法で殺される……!」
ガクガクと膝を震わせる男に俺は再度【沈黙魔杖】を額に突きつける。
「選べ……!! このまま俺に確実に殺されるか、それとも呪いが発動しない僅かな可能性に賭けるか! ここまで屋敷をぐちゃぐちゃにかき乱し、ヴァニラ様の心をえぐったお前がまさか死ぬのが怖いとか都合のいいこと言わないよなぁ!」
「――そーだそーだー。死んじまえー。この役たたずぅー」
「――神楓弓技 『矢風糸』
「――!! あなた……様が……なんで」
聞き馴染みのない女の子の声が扉の方から突然聞こえる。
瞬時に振り返ろうと体を向けた瞬間、耳元を神速の物体が通過した。
「――がぁぁ!」
再度ロリスの方を振り返ると顔に鉄臭い温水を浴びた。
あったかい。
それが率直な意見。
しかし、一つだけ決定的に温水とは違う点があった。
目の前が真っ赤に染まっている、そして鉄鉄しい匂い。
これだけでこれの正体の特定は容易に出来た。
「ロリス!!」
首の大動脈をやられたのか、勢いよく噴き上がる鮮血はまるでラスベガスのベラージオの噴水のようだった。
「ありゃりゃー? やっぱり暗いと矢の精度が落ちますなぁー」
扉から聞こえる女の子の声は不気味なほどに落ち着いていた。
いや、むしろおっとりにも聞こえる。
はっきりとしたシルエットは見えないが、身長はおよそ150あるかないか。
手に持った弓矢は暗闇でも薄オレンジに輝いている。
「誰だ!! 何故この地下室を知っている!!」
恐ろしく長く感じた1秒を経て女は笑いだす。
「あっははは! ちょっとぉーー! なにそれボケかいー?」
「この屋敷は代々僕達ノーデンタークのものだよー? 君たちみたいな一族でも無い人間がここに居る方がよっぽど違和感だよぉー?」
「――! ノーデンターク……だと?」
「じゃ、僕はこれで帰るとするよー。あっ、その不良品もう要らないから君たちにお返しするねぇー」
女の声は扉の外へと逃げていく。
「待て!!」
俺は急いで蝋燭ランプを左手に取り、右手に相棒を握りしめ後を追う。
冷えた地下の廊下にランプの光が目の前に居る人間を照らし出した。
ランプの光を反射するのは声の通り可愛らしい女の子だった。
身長からして16歳ほどだろうか?
しかし、その判断をしかねるほどの狐目ベビーフェイスはアイドルグループに一人はいるようなやわらか美少女を連想させる。
「その髪……」
特徴的な髪色に染められたボブ髪に突っ込まずにはいられなかった。