5話 守ってください
「えへへ……今日はお約束守れなくてごめんね」
紫に滲んだ頬を押さえながら古びた木の椅子に座るヴァニラ
「――そんなことよりも! 怪我は大丈夫ですか!? 痛みなどはありませんか?」
「ううん痛くないよ……魔法が下手なヴァニラが悪いの……」
行き過ぎた躾は子供の自己肯定をここまで奪ってしまう。
ましてや実母が他界し、唯一の肉親である父親にここまでの仕打ちをされたら尚更だ。
「ごめんね。でもヴァニラがんばってシュント君を守れるようになるね」
成長したヴァニラを知っている俺には分かる。
この子が抱える責任感の強さと慈愛を。
俺を拾った責任感と自身の立場から俺を守ろうとしてくれているのだろう。
しかし、今のヴァニラはその感情をコントロール出来る年齢では無い。
「ヴァニラ様……。本当は痛かったですよね……?」
「……いたく……ないよ。ヴァニラは領地のみんなも守らないといけない子だから……おキズなんかで痛がってたらいけないの……」
「いいえ……心の話です」
「――こころ?」
「ええ。今のヴァニラ様は心に大きな傷を抱えているのです。こないだの私のような外傷は時間と共に癒えていきます。しかし心の傷はそうもいかない」
ヴァニラの美しい藍色の瞳がかすかに潤む。
「――でも……ヴァニラ……みんなを守ってあげないと」
「はい。私はあの日ヴァニラ様に守っていただきました。友達と言っていただました。でもーー」
この子のこんな悲しい顔は見たく無い。
俺が愛したヴァニラを泣かせる人間は俺が許さない。
「……でも?」
「もし友達ならば悲しいとき、辛い時、私を頼ってください」
「――……そんなことしていいの?」
「はい」
「……そんなことしてお父様に怒られない?」
「はい」
「シュント君のめいわくにならない?」
「――私は……ヴァニラ様の執事になる男です。迷惑なんて感じるはずもありません。ヴァニラ様はこれから私を守ってくださるのですから、私にもそのくらいの事はさせて下さい」
その瞬間まで気丈に振る舞っていたヴァニラは、持っていたぬいぐるみをギュューと握りしめながら、まるで赤ん坊のように泣き出した。
日付を超えるかどうかの深い夜に、一人の女の子の鳴き声が小さく響く。
俺は泣きじゃくる彼女を見て再度作戦決行を決意する。
「沈黙魔杖……あれさえあれば……」