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48話 ヴァニラと母



「エマさん! エマさん! なんでなんで!! ヴァニラの事なんか嫌いなはずなのにどうして!!」


 ヴァニラの泣き叫ぶ声で意識を取り戻す。


「――な、なんだ今の……。い、いやそんなことより!!」


 氷の牢獄は『龍炎虎徹りゅうえんんこてつ』の熱で溶け去っており、俺の体に自由が戻っているものの俺のHPも残り僅かなのだろう……上手く動いてくれない。



「――! お前……なんで……」


 黒々しい爆風はすっかり吹き消えており、バラバラに割れたステンドグラスから差し込む歪な光が二人を照らしていた。




 膝から崩れて泣き叫ぶヴァニラとそれを覆い被さるように抱きしめる女性の姿は西洋の神話や聖書に出てくる全てを包み込む聖母のようだった。


 綺麗だったはずの背中は黒く焼け焦げ、自慢の赤髪も黒く焦げてしまっている。


 しかし、女性はそんなことを気にする素振りは一切見せることなく、自分の胸に抱き寄せた白銀の長い髪の毛をぎこちなく撫でている。


「――ヴァニラちゃん……。産まれたばかりのあなたを最初に抱き上げたのは私だったのよ……? ふふ……。エリクスは泣きじゃくって使い物にならなかったの……今のあの人じゃ想像がつかないと思うけど。アクリシアもあんなに強いくせに大量の自分の血を見て参っててね……」


 口や頭から大量の血を流しながら話しているには穏やかすぎる話し方の女は、今までの分を取り戻すようにヴァニラの頭を一定の速度で撫でる。


「――ごめんね……ヴァニラちゃん……。私ね……アナタのお母さんとの約束守れなかった。親友の彼女が亡くなる時に約束したたった一つの約束も守れないなんて本当に情けないわね……」


「エマさん……! も、もう喋ったらだめ!! そ、そんなに血が出てる……!! 今ポーションを持ってくるから動かないでね!」


 パニックになっているヴァニラは大粒の涙をローブで拭いながら立ち上がろうと地面に手をつく。


「ありがとうヴァニラちゃん……。でももういいの。私は最後くらいヴァニラちゃんと二人でお話ししたいわ」


 通過電車との人身事故で即死した俺には到底分からないが、己の死期を悟った人間は意外とこうも冷静なのであろうか。


 それとも自分の子供に最後まで心配かけないように強がる母性が働いているのか。


「――アクリシアが亡くなった後……私もエリクスもどうしていいか分からなかった……。アクリシアのように偉大な魔導師でもない私にヴァニラちゃんの母親が務まるのかって……。だから私はデビスとファナを盾に現実から、ヴァニラちゃんと向き合うことから逃げた……。本当に卑怯で醜い……」


 ヴァニラは声にならない涙を流しながら首を横に振り続ける。


「ち、ちがうよ……! ヴァニラこそデビス達が産まれた時から皆と関わるのが怖くなって逃げてたの……エマさんがヴァニラをいつも気にかけてくれてたの分かってたのに……本当にごめんなさい――」


 デビスとファナはMP、HPが底をついたのか、ぼーっと二人を見ている。


「――ふふ……やっぱりお母さんそっくりな蒼色で綺麗な瞳……」


 ヴァニラの言葉を聞いたエマは胸元のヴァニラの両肩を持って優しく顔を覗き込む。


「ヴァニラちゃん……デビスを、ファナをよろしくね……。あの子達はアナタの事が大好きだから色々と面倒をかけるかもしれない……。でもお母さん譲りの優しいアナタになら安心してあの子達を任せられる……。お父さんは強そうだけど……実は寂しがり屋な人だから気が向いたら構って……あげてね」


「エマさん……! エマさん!!」


「――カハァッ……!」


 エマから流れ出る血が益々勢いを増していく。


 残されたエマの寿命を悟ったヴァニラは涙を拭うと、煤汚れたエマの頬に軽くキスをする。


「――エマさん……ヴァニラね……『エマさんの娘』になれて幸せだったよ……! だから安心して天国でお母様と見守っててね」


 必死に涙を堪えた8歳児の言葉はあまりに純粋なものであり、それまで毅然と堪えていたエマの瞳を滲ませる。


「――ずるいなぁ……ヴァニラちゃん……。これじゃあせっかくの覚悟も揺らいじゃうね……」


 ボロボロになった大広間の地面に一粒の涙が落下していく。


「――ヴァニラちゃん……大好きだよ……」


 差し込む月光が乱反射する一粒の水滴は、言い表しようのない美しさと儚さを握りしめながら地面に水の花を一輪だけ咲かせた。


「――エマさん……? エマさん? ねぇ……! エマさん!!?」


 がっくりとヴァニラの左肩に落ちたエマの小さな輪郭。

 しかし、ヴァニラにもたれかかる彼女の口角は少し上がっているようにも見えた。



「――嫌だ……嫌だ……嫌だ。まだヴァニラ謝んないといけない事がいっぱいあるのに……!」


 涙を流すことすら忘れたヴァニラは首をゆっくりと首を横に振り続ける。


 やっと分かり合えた『母』との別れを受け入れなければならない悲しい現実を直視出来ないヴァニラは地面に頭を擦り付けながら背中を揺らす。


「――……お母さんまで……ヴァニラのところから居なくなっちゃうの……?」


「ヴァニラ様……」


 俺は脳震盪で朦朧とする体をなんとか起こしながらヴァニラの元にふらふらと歩く。


「シュント……? だ、だめ……フラフラだよ?」


 涙で充血した目で俺を見上げるヴァニラ。


 俺は何してる。

「スレイブ・フロンティア」の根幹を崩すつもりか?


「ヴァニラ様……エマ様を助けたいですか?」


「――!!! ど、どうゆうこと!? エ、エマさんはまだ助かるの!?」


 やめろ。

 取り返しがつかないことになるぞ。


「いえ。すでにエマ様は亡くなられております……。しかしまだ一つだけ手が残されているかもしれません」

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