42話 エマ
再度廊下を駆け抜け、大広間がある一階に向かう。
その道中、大広間から戦闘による爆発音や衝撃音が絶えず聞こえてくる。
「はぁはぁ。まずい……もうすぐ9分が経過しちまう」
階段をかけ下がると大広間が見えてきた。
「隠蔽解除」
隠蔽を解除し、なぜか戦闘音が消えた大広間の扉を勢いよく開ける。
「――ファナ! 術者の居場所が分かったかも知れないぞ!」
ファナを呼ぶ声が虚しく響く大広間。
目の前にはバラバラになった長机と骨董品の破片の数々が床を埋め尽くしており、戦闘によって舞い上がった煙が充満していた。
しかし、煙が引いた瞬間。
俺は目の前に広がる状況を理解出来なかった。
「な、なんで……」
「シュント!! ファナちゃんが!!」
扉の方を振り返るのは煤で顔を黒く汚したヴァニラ。
ファナはエマの【雷電鞭】が巻きつけられ、持ち上げられた状態でぐったりしている。
「エマさんが……。なんでこんなこと……!」
浮かべた涙を必死押し殺しながら悲痛に叫ぶ俺の推しヒロイン。
一応ロッドを構えた両手は小刻みに震えている。
「ヴァニラ様! なんでここに……!」
「分かんないよ……訓練場で皆とお稽古してたはずなのにいきなり非常室で目が覚めたんだもん……それで屋敷に戻ったらこんな事に……」
そうか。
ヴァニラは呪縁魔法にかかったデビスにいきなり攻撃されて気を失ったのか。
そんな子にこの状況を理解しろってのが無理な話だ。
「ファナ……本当に馬鹿な子ね。デビスに『氷層結止』を発動しながらこの出来損ないを守って私と戦うなんて」
エマの言葉でデビスに目線を向けると、デビスの手足を縛る制限魔法はかろうじて効力を発揮していた。
しかし、それでも徐々に細く薄く形状変化する様子からファナの魔導力が弱まっているのが分かる。
「シュント君。取引といきましょう」
「取引だと……?」
邪魔だった障害物を払い除けたエマはリーチのアドバンテージを最大限に活用した場所から取引を持ちかける。
「ヴァニラをこちらによこしてちょうだい。その代わりにファナの解放と動けないデビスから【怨刀対子】を取り上げてそちらに渡すわ。どう? 悪くない条件でしょ?」
「――!! お前……自分の子供を交渉材料に使うつもりか!」
おかしい。
さっきまでのコイツはヴァニラへの敵意こそ凄まじいもののデビス、ファナには普通に接していた……。
いくらファナが俺側についたとてそこまでやるとは考えられない。
「シ……シュント君……ダメです」
「ファナ! 気がついたか?」
「呪いがどんどん強まっています……お母様の提案は無視して……早く術者を……」
電撃の痺れでぐったりしていたはずのファナは最後の力で俺に忠告する。
「往生際の悪い娘ね……」
「――雷光滅……!」
「きゃやゃあああああぁぁ!!!」
巻きついた鞭は電気を通す銅線となりファナの体に大量の電気を流し続ける。
白く輝く光の奥に悶え苦しむファナの顔が見えた。
「早くしなさい。さもなければアナタは一生後悔する事になるわ」
「エマ……てめぇ……!」
やはり呪いが強まっているのが原因だろうか、さっきまでとはエマの行動パターンがまるで違う。
それともヴァニラを目の前にして呪いの強度が上がり、なりふり構わない行動にでているのか。
「え、エマさん! なんでこんな酷い事するの!? エマさんは優しくてファナちゃんやデビスを可愛がってたのに…、どうして!?」
しかし今のヴァニラの叫びなどエマの憎しみに油を注ぐだけだった。
「酷いですって……? 一番酷いのはあんたの母親よ……」
「――! お、お母様……?」
「ええ……あの女は人の大事なものを盗むのが好きな奴だったわ」
「そんな事を……お母様がするはず……」
ヴァニラの弱々しい反論に被せるような怒声が聞こえてきた。
「――だまれ! あいつは……アクリシアは突然私たち幼馴染の前に現れた。そして私から何もかも奪っていった……。地位も、名誉も、魔法も……そしてエリクスも……」