40話 約束。涙。
「さぁ俺たちも迷子になったあの子を探してたところだ」
「――貴様なめた口をいつまでも……」
エマは鞭によるファナの拘束を解いて一階へと姿を現す。
そして朦朧とした意識で両手に【怨刀対子】をぶら下げるデビスに気が付く。
「デビス? あなたそれってまさか……」
黒いオーラを発散し続ける悍ましい双剣に声を奪われたエマ。
俺はそんなエマに交渉を持ちかける。
「エマ。ここは一旦見逃してくれ! デビスが持っている禁断刀剣は使えば使うほど使用者を蝕む……。そしてあと5分も経たないうちにデビスの命は危険領域に――」
「……龍炎虎徹」
振り上げられた双剣から再度放たれた灼熱の龍虎。
「――っっぐっぁあああ!!!」
【怨刀対子】から大量の黒いオーラが噴き上がり、デビスの悲痛な叫びが大広間に響き渡った。
「ファナ!」
「は、はい! 『サラビアの盾』!」
《風突を使用しますか? 消費MP5》
YES
《隠蔽魔法は付与しますか?》
NO
激突する『サラビアの盾』と龍虎の戦いは先程のシーンを反芻するように龍虎が盾を食いちぎろうとする。
しかし『サラビアの盾』がヒビ割れながらも龍虎の勢いを殺した一瞬の隙を見逃さない。
「風突……!」
大広間を覆い尽くす突風の乱気流は勢いを弱めた龍虎の炎を完全に吹き消した。
「っっぐぐぐぁぁ……」
デビスは己の心臓付近を揉みしだくように押さえながら床を転げ回る。
「はぁぁ……! ふっ、ぐぐぁぁぁ!!!」
「エマ! これ以上の戦闘は本当に危険なんだ、デビスからその刀を取り上げてくれ! お前の愛する息子がこんなところで死んでいいのか!?」
「そうですお母様! このままだとデビスの命が!」
「わ、私は……」
両手を口に当てながら目を見開くだけのエマ。
その瞬間、この場にいる俺以外の全員が悶絶しながら頭を押さえだした。
「ぁぁああああ!!!」
「私は……子供たちを……」
「――シュ、シュント君……ファナが予想したよりも数倍近い速さで呪縁魔法の呪いが進行して……います」
「ファナ!」
どうする!?
このまま禁断刀剣を持つデビスとエマ、そして呪縁魔法に乗っ取られたファナを相手に出来るわけがない……。
「シュント君……一刻も早く呪縁魔法の術者を見つけ出してください……。ここはファナにお任せを……」
「――! そんなことお前に出来るはずがないだろ! 相手は禁断刀剣とお前ら天才双子を産んだ高等魔導師だ……。勝てるはずがない!」
その時荒れた呼吸を繰り返し呪縁魔法に抗っているファナは俺を小馬鹿にしたように笑う。
「ふふ……ファナがあの二人を打ち負かせるはずがありません……それでもシュント君に希望を託す時間は……稼いでみせます」
「制限魔法ならばデビスの双剣攻撃も打たせることはありませんから……」
5歳児ともあろう女の子がなぜこうも自己犠牲を厭わないのだろうか。
現在の状況を冷静にそして残酷に分析する姿は悲しくも見える。
「――早く行ってください……。お姉様を助け出してくるんでしょ……?」
「……」
呪縁魔法のせいかファナの声は小さく震えていた。
「――ファナの大好きなお姉様を……任せられるのはアナタしか……居ませんから」
「ファナ……お前……」
――ぱしんっ
頬が少し熱い。
しかしほぼ痛みの無い攻撃だった。
「必ずなんとかしてくれるって約束したでしょ!? だったら早くお姉様を憎まれ続ける運命から解放してあげて!!」
――「お前はまだ子供なんだ。もしお前が呪われても俺が必ずなんとかする。だからそんなに気負わなくていい」――
背伸びしながらビンタを放ったファナは今にも決壊しそうな涙目で俺に訴える。
そうだ。
これはヴァニラを守る戦いだ……。
ポン
膝を曲げ、白銀の頭に優しく手を乗せて誓う。
「ああ、必ずお前の分も俺がなんとかする……今度こそ約束だ……!」
《不可視擬を使用しますか? 消費MP2》
YES
「――ふふ……お前じゃなくて……ファナですよ……」
姿を無くした俺は振り返ることなく大広間を後にする。