34話 呪縁魔法と真実
「――はぁはぁはぁ……。ここならまず追ってこないと思います……」
「はぁはぁ……で? 色々と聞かせてもらいたいことが山のようにあるのだが?」
ノーデンタークの屋敷から走って10分程度にある葡萄畑の隅。
俺とヴァニラが出会った場所らへんだな。
「ちょっと待ってください。今解放します」
ファナは両手を合わせると何やら魔法詠唱を始めた。
「御地を守りし主よ。我の血脈と踊りし主よ。今ここに姿を示せ――」
その瞬間葡萄畑の地面から公衆電話ほどの大きさの鉄納屋が出てきた。
「こ、これは……?」
「ノーデンタークの血族のみが召喚できる魔法空間とでも言いましょうか。まぁ入ってください」
鉄の小屋の扉がギィィっと擦れながら開く。
その中には地下へと続く一本の梯子がかけられているだけ。
「さぁ。早く地下に……! 誰かに見られるかもしれません」
「ああ……」
肩にヴァニラを担いだまま地下へと続く梯子を降り続ける。
俺でも知らない隠し通路だと……?
こないだの地下通路と関係しているのだろうか……。
「――燈」
ファナの灯火魔法でジメジメした地下通路を進むと木でできた一つの部屋扉あった。
古びた木の扉を開けるとそこには簡易ベッドと椅子二脚のみが配置されたなんとも寂しい部屋があった。
しかしファナは構わず蝋燭に燈の火を移し替える。
「ではお姉さまを寝かせてください」
腹部から出血しているヴァニラは意識を失ったままだ。
「すごいなこんなシェルターがあるなんて……」
「回復魔法 完全治癒」
なんとこの5歳児は「スレイブ・フロンティア」で対個人最強の回復魔法をこの年でもう習得していた。
さすがは天才。
「よし。お姉さまはこのまま寝かせましょう」
治療を終えたファナは古びた椅子に腰掛ける。
「で……なにがどうなってるんだ? 何故後継者候補のお前が俺やましてや敵であるヴァニラ様に肩入れするんだ?」
「――! ノーデンタークの後継者などに私はまったく興味などありませんが……?」
唖然とした顔で答えるファナの声色からして本心だろう。
しかし、俺はこいつが将来どんな人間になるかを知っている。
そしてさっき証明されたじゃないか。
少しは信じたエマとデビスのねじ曲がった本性が。
「エマとデビスはそうには見えなかったが? 結果アイツらの本性はヴァニラ様を陥れるのに必死な哀れな後継者くずれだったしな。ミルボナさんの本性にも心底失望した」
「――ふふ」
ファナは手を口に当てながら上品に笑う。
「――? なにがおかしい?」
「いえ。ノーデンタークにきてまだ1ヶ月も経たないあなたに何が分かるのかと思ってしまったら思わず」
そりぁそーだろ。
俺がどんだけやり込んできたと思ってやがる。
こいつに俺の総プレイ時間を見せてやりたいな。
「――断言します。私たちの母エマ・フィンラル・ノーデンタークはヴァニラお姉様を心から愛しています」
ぱりんっ
俺は思わず足元に転がっていた古い薬瓶を蹴り飛ばし茶色の破片が冷たい地面に散った。
「冗談でもタチが悪すぎるぞ……? お前も見ただろ……? ヴァニラを虐げる奴らをぉぉ!!」
小さな地下室に怒号が響く。
「そうですね。たしかにあの現場だけで判断すればそう見えかねません。しかし、ミルボナ婆様並びに我々兄妹とお母様はお姉さまを敬愛しています」
「そんな理屈が通用するか!」
話にならない。
俺は長年プレイし尽くしてお前達の全てを知っている。
「シュント君は我々があの時訓練場に居た理由をご存知でしょうか?」
「そ、それはお前達がヴァニラの修行を邪魔したんだろ」
目を瞑り首を横に振るファナ。
「シュント君がミルボナ婆様と口論しているのは見えていました。そしてしょんぼりしながら屋敷に入るお姉さまも」
「しかしその後お姉さまは自らお母様と私たちの部屋を訪れ、魔法の指南をお願いしてきたのです」
「――! ヴァニラ様が……しかもエマに直接自分から……?」
「ええ。突然ではあったものの初めてお姉様からお願いされたお母様は大変喜び、すぐさま私たち兄妹と共に訓練場に向かい魔法訓練をはじめました。しかしその時――」
冷静に淡々と話すファナの声のみが響く地下室。
ゆらゆら揺れる蝋燭の光がどこか不気味だった。
「強力な呪縁魔法が屋敷全体を覆い尽くした瞬間、お母様とデビスの様子が急変しました」
「……。呪縁魔法ってことはまさか……」
「――ええ。洗脳です」